第2回 人は約3万5000年前から100キロの海を渡っていた

 東海大学海洋学部の小野林太郎准教授が中心的なフィールドにしている「ウォーラシア」の多島海は、2度の人類拡散の回廊のような役割を果たしたかもしれない海域だ。

 人類拡散というとよく、アフリカを出てユーラシア大陸を渡り、南北アメリカを縦断してパタゴニアまで到達して完成! というイメージを抱く。しかし、実は「海のグレートジャーニー」というべきルートが存在していたことも、海に親しい島国に住む我々は、意識しておきたいではないか! と力こぶができてしまう。

 オセアニアへは、人類史上2回、核となる大きな移住があったというのが前回のお話。1度目はオーストラリアとニューギニア、そしてメラネシア。いわゆるニアオセアニアまで。2度目ははるか太平洋をわたり点在するポリネシアの島々に移住していった。この時、なぜ拡散領域に差がでたのだろうか。

東海大学海洋学部海洋文明学科の小野林太郎准教授。(写真クリックで拡大)

「航海術が発達したことはもちろんなんですが、もうひとつ大事なのは農耕だと考えられています。1回目の波で移住された島よりも先に行こうとすると、面積が小さいんです。島嶼面積が小さいものですから、やっぱり島あたりの資源っていうのが非常に限られるわけで、そういったところに例えば狩猟採集民が行ってやっていけるかどうかっていう話があります。で、2回目の波の人たちは新石器時代の農耕が出た以降の時代です。基本的に農耕の知識や技術を持っていて、離島の非常に資源の限られている島々にも移住しても継続的に居住できたんじゃないかというふうに、一般的には考えられています」

 こういった一連の流れの中で、小野さんの主たるフィールドであるウォーラシア海域の島々にはどんな特徴があるのだろう。

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本誌2014年12月号では人類拡散の足跡をたどる特集「人類の旅路を歩く 「約束の地」レバントへ」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。ぜひあわせてご覧ください。