人類の拡散ルートをたどる旅の第3回は、人々の生活様式に大変革をもたらした肥沃な三日月地帯へ。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地をめぐる。

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人類の旅路 「約束の地」レバントを歩く

人類の拡散ルートをたどる旅の第3回は、人々の生活様式に大変革をもたらした肥沃な三日月地帯へ。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地をめぐる。

文=ポール・サロペック/写真=ジョン・スタンマイヤー

 人類の拡散ルートを徒歩でたどるプロジェクト「アウト・オブ・エデン・ウォーク」。アフリカの大地溝帯を出発した私は、続いてアラビア半島を北上してきた。今回歩くのは、エルサレムとヨルダン川西岸に至る、ヨルダン渓谷。古来、征服と布教の野望が幾度となく刻まれた道だ。

悪臭漂う下水をたどる“巡礼の旅”

 雲一つない早朝、私たちは地中海東岸のレバント地方にいた。東エルサレムから流れ出た、未処理の下水に沿って歩く。毎日約4万5000立方メートルの汚水が、36キロを流れた末に死海へと注ぐ。悪臭漂う下水をたどって歩くのも、いわば巡礼の旅だ。旅の道連れ、イスラエルの考古学者ゴレンはそう考えている。

「町が築かれて以来、エルサレムで起きた戦いの数は700に及びます。それでも比較的長く戦争が途絶えた時期もあり、その間、人々は平和に共存していたのです」。エルサレム旧市街の雑踏を歩きながら、ゴレンはそう語った。

 私たちが下水に沿って歩くのには、理由があった。ゴレンはこの流れを浄化し、約5000年前にエルサレムの町が築かれた由緒ある谷に、全長数キロの、環境に配慮した遊歩道を造りたいと考えているのだ。すでにドイツが水処理施設の建設に協力を約束している。

 遊歩道はエルサレム旧市街を起点に、聖書の舞台となった砂漠を越えていく。下水はイスラエルとヨルダン川西岸地区を隔てる分離壁をまたいで流れているため、遊歩道が実現すれば、中東の和平にも貢献できるかもしれない。ゴレンは語る。「遊歩道は古代の文化や宗教ゆかりの地をめぐる巡礼路であると同時に、パレスチナ人とイスラエル人を結ぶ懸け橋となるのです」

 私たちは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの聖地である嘆きの壁と聖墳墓教会、岩のドームのある旧市街から旅を始めた。そして炎天下のパレスチナ人居住地を汗だくになって歩き、下水に沿って荒涼とした丘陵地を抜けた。下水は6世紀に造られた修道院の周囲をめぐり、軍の射撃演習場を流れていった。2日後、私たちはイスラエルとヨルダンの国境に広がる塩湖、死海に到着した。

「一神教はこの地で、生まれるべくして生まれました」
 死海を見下ろす崖の上で、ゴレンは私にこう語った。
「農耕を始めた人類はもはや、一つひとつの泉に宿る自然の精霊たちに祈らなくてもよくなったのです」

 この数週間後には、パレスチナとイスラエルの間で新たに戦闘が始まってロケット弾が飛び交い、イスラエルはガザ地区へ侵攻した。「これで計画は2年逆戻りです」とため息をつきながらも、「でも、待ち続けますよ」とゴレンは言った。きっと太古の人類もこんな調子で、約2500世代にわたって失望や後戻りを繰り返し、災難や信仰の危機に見舞われながらも、遅々としたペースで新たな土地へと進出していったに違いない。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2014年12月号でどうぞ。

編集者から

 人類の拡散ルートを、7年がかりで徒歩でたどろうという「人類の旅路」シリーズ。アフリカからの旅立ちアラビア半島の北上に続いて、3回目の今回は「肥沃な三日月地帯」へと足を踏み入れます。
 聖地をめぐる宗教間の対立、度重なる戦火と、重苦しいニュースを見聞きすることの多い地域ですが、遺跡にたたずみ、貧しいベドウィンの家族と一夜をともに過ごす筆者ポール・サロペックの旅は、これまで知らなかったこの土地の風のにおいや、人々の素顔を伝えてくれます。深刻な状況に変わりはありませんが、ニュースの見出しの向こう側に、これからはちょっと違う景色も見えてきそうです。(編集H.I)

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