私たち人間は、生きるためだけに食べるのではない。人は食事を共にすることで、友をつくり、愛を育み、心と暮らしを豊かにする。

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シリーズ 90億人の食 「食べる」は喜びの源

私たち人間は、生きるためだけに食べるのではない。人は食事を共にすることで、友をつくり、愛を育み、心と暮らしを豊かにする。

文=ビクトリア・ポープ/写真=キャロリン・ドレイク

 食事を共にすることは、いつの時代も人の暮らしになくてはならない習慣だった。
 たとえば、イスラエルのケセム洞窟には、知られている限り最も古い30万年前の炉があり、調理の跡が残されている。太古の人々が炉端に集まって食事をする光景が、目に浮かぶようだ。火山の噴火で埋もれたイタリアの古代都市ポンペイの遺跡からは、分けやすいように切れ目を入れた丸いパンが見つかっている。

「パンを分け合う」という言い回しは聖書の時代からあり、食事を共にすることで親愛の情が生まれ、怒りが消え、笑いがはじけることを表している。食べ物の思い出は愛情と結びつき、生涯にわたって心の支えとなる。食べ物はときに、死者と生者を結びつける役割も果たす。ごちそうを墓に供える風習は、残された者が死者を忘れず、死者と共に生きていることを伝えるためのものだ。

 厳しい環境に置かれたときでさえ、人は食べる喜びを共にすることで活力を得る。
 1902年、英国の南極探検隊は、一年で夜が最も長くなる日に極地で饗宴を催した。この日のために、45頭の羊をはじめ大量の食料を船に積み込んでおいたのだ。準備を終えてごちそうを囲んだ一行は、ひとときとはいえ、寒さや暗さ、孤立感を忘れることができたという。
 この日のことを隊長のロバート・ファルコン・スコットは、次のように記している。「素晴らしい晩餐を囲むことで、南極地方にいても生きる喜びを実感できた」

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2014年12月号でどうぞ。

編集者から

 今回の特集を編集しているとき、ふと頭に浮かんだのが、アメリカの作家トルーマン・カポーティの短編「クリスマスの思い出」です。村上春樹さんによる翻訳があるので、ご存じの方もいるかもしれません。バディという7歳の少年が仲の良い親戚の老女と過ごした、最後のクリスマスを描いた作品です。二人は毎年この時期になるとフルーツケーキを何十個も焼いて、友人や知人、そして見知らぬ人に配ります。食べ物を通して人との距離を縮めていくストーリーが、特集と共通しているように感じました。
 この短編でいちばん印象に残っているのは、二人が草原に寝転んで、空に舞う凧を見ながら温州みかん(英語でsatsuma)を食べる場面です。凧とみかん。物語の舞台はアメリカですが、日本の正月を思い起こさせる組み合わせに、私と作家との距離もぐっと縮まったことを思い出します。(編集T.F)

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