第17回 想い出のしおり

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 前回は非道なクマムシの標本作りについて解説した。今回は、標本を観察して種類を決める方法について触れたい。

 クマムシの形態は種類の間で似通っていることもあり、見た目で種類を決めるのは非常に難しい。また、クマムシの体のほとんどの器官は柔らかいため、標本にした際に封入剤の影響やカバーグラスで押しつぶされることにより、変形しやすい。これでは、同じ種類のクマムシでも標本によって全然違う形になってしまう。

 だが、クマムシの体の中でも形が崩れにくい固いところがある。それが口から咽頭の間に位置する口管(こうかん)や爪といった部分だ。ヨコヅナクマムシやオニクマムシなどの真クマムシ類では、これらの形質が種類を分ける指標となる。光学顕微鏡(対物レンズ倍率40~100倍)で標本を観察し、これらの部分を計測する。器官の計測には、ミクロメーターという顕微鏡観察用の物差しを使う。

 口管は、長さと幅を測定することが大事である。この器官の長さと幅の比は、種によってほぼ同じ値をとるからだ。爪の長さや形も、種類を決める上で重要である。さらに、口管の長さと爪の長さの比も、種類を見きわめるために使われる。これらの計測はミクロン単位(1mmの千分の一)で行わなければならず、この細かい作業はかなりイライラする。

 分類学者はこのような作業を苦としないような、整理整頓好きなシステマティックな性格の持ち主が多いように感じる。ちなみに、私はこのような作業には向いていないことが分かった。

 さて、これらの部位を測定したら、今度は過去に出版された論文のデータと照らし合わせて、その種類が何なのかを調べることになる。形態の特徴や測定値がマッチしている種類があれば、種の同定はそこで一段落だ。もし、過去に報告されたどの種類とも異なる特徴があれば、それは未記載種のクマムシである可能性が高い。

 データをまとめて論文を投稿し、科学雑誌の審査員に認められれば、新たな種類のクマムシとして記載されるだろう。そうすれば、自分でクマムシの種名をつけることだってできる。余談だが、私の知り合いの外国人クマムシ学者は、新種のクマムシに当時自分が付き合っていた恋人の名を付けた。だがその後、彼らは破局した。彼は、その種類のクマムシを目にするたびに、苦い想いが蘇るんだとか。ときにクマムシは、想い出のしおりとしての役目も担うのである。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad