第16回 残酷非道な標本作り

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 たまに、クマムシを捕まえた方からその写真を見せられながら「どの種類のクマムシか教えてほしい」というお願いをされる。こんなときはクマムシの専門家として、「わかった……引き受けよう……」とゴルゴ13ばりにクールにOKを出したいところ。だが、実際にはそんな簡単に依頼を受けることはできない。

 というのも、動き回るクマムシを実体顕微鏡で観察しても、種同定(種類を決めること)を行うことはできないからだ。では、どうすればよいのか。ここで、たいへん悲しいお知らせをしなくてはならない。そう、この愛おしいクマムシを殺して標本にしなければならないのだ。標本にした上で、体の器官などを観察したり計測することにより、どの種類のクマムシかを決めていくのだ。

 標本にするには、まずクマムシを殺(あや)めるところからはじめる。アルコールに浸したり、熱を加える方法が一般的だ。これにより、クマムシの体が硬直し、その後の標本作りで形が崩れにくくなる。昆虫標本を作る要領で死んだクマムシを虫ピンで張りつける……というやり方は不可能だ。クマムシは小さすぎてピンで刺せないし、体もぐちゃぐちゃに壊れてしまう。クマムシの場合は、プレパラート標本とよばれるタイプの標本にする。

 まず、クマムシを極細の筆などにくっつけ、スライドガラスの上に滴下した封入剤のホイヤー液やグリセリンに移動させる。上からカバーガラスをのせて放置しておくと封入剤から水分が蒸発し、乾燥した標本が完成する。カバーガラスの周りにマニキュアを塗って封をしておけば、長期間の保存が可能だ。

 このような過程で残酷にもクマムシを標本とした後で、ようやく種同定をはじめることができる。次回は、クマムシの種類を決めるポイントについてお話ししたい。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad