第15回 息苦しい世の中は死んだふりでやり過ごせ

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 水を張ったシャーレの中でコケをしばらく浸した後に観察すると、体がだらーんと伸びて全く動かないクマムシを見つけることがある。それらは、ただの屍クマムシかもしれない。だが、大抵の場合、かれらは死んでいない。「窒息仮死」になっている場合がほとんどだ。

 クマムシはある種のストレスを受けると、代謝が止まり仮死状態に入る。この無代謝の仮死状態は「クリプトバイオシス」とよばれる。窒息仮死は、酸素不足で引き起こされるクリプトバイオシスのひとつのモードである。別の回ですでに説明した乾眠も、やはりクリプトバイオシスのひとつのモードだ。乾燥ストレスによって移行する、仮死状態である。ちなみに、氷点下の低温にさらされると凍結した「凍眠」というモードになる。

 クマムシには発達した呼吸器官は無い。酸素は体表から直接取り込まれ、体内で拡散していく。クマムシは水中で活動するため、水に溶けている酸素の濃度が低下すると窒息仮死になるのだ。窒息仮死になったクマムシは、フレッシュな水の中に移してしばらく待つと、何事も無かったかのように復活する。

 酸素がなくなると、すべての思考を止めて仮死状態になるクマムシ。あなたも世の中が息苦しく感じたら、無駄にもがくのはやめて、死んだふりをしてみよう。そしてエネルギーを蓄え、好機が訪れたところで社会復帰してみてはいかがだろうか。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad