第1回 その場の記録に徹する:ファリーダ

2012年9月、友人と散歩中に突然誘拐され、車の中で必死に抵抗する、大学生のファリーダ(左の女性、20歳)。誘拐したトゥシュトンベック(左端、26歳)に、「あなたとは絶対に結婚しないから、早くここから出して」と叫ぶ。
写真:林典子(写真クリックで拡大)

 仲間を連れた若い男が、嫌がる女性を自宅に連れていき、無理やり結婚させる「誘拐結婚」と訳されるアラ・カチュー(キルギス語で「奪って去る」の意)は、言葉のインパクトもあり、センセーショナルに報道されがちだ。こういったテーマを取材する際、私は自分の立ち位置について、何度も考える。目の前に起きている現実に、私は「介入」すべきなのか。

 写真家がその場の状況に「介入」すべきかどうかについては、さまざまな意見がある。「なぜ助けずに撮影するのか」という批判がある一方、「活動家でもない写真家が介入するのはプロ意識に欠ける」という見方もある。正解はないと思っている。その場の複雑な人間関係、そこに根付いた価値観や「文化」など、そこに居合わせたからこそ判断できることもある。

「介入」するかどうか、判断を迫られる事態が起きた。2012年9月21日、誘拐の現場に初めて居合わせたのだ。誘拐されたのは、20歳の大学生ファリーダ。その数日前に、誘拐を考えている男がナルイン州にいると聞き、取材に行くと、誘拐を相談している男たちがいた。その日、本当に誘拐を実行するかはわからないと言っていたが、ナルイン市に向かう彼らに、別の車でついていったところ、目の前で誘拐が行われた。

 誘拐したのは、26歳のトゥシュトンベック。1年前に町で見かけたファリーダに一目惚れをしていた。二人が顔を合わせたのは、誘拐当日までで、たったの3回だ。ファリーダは、友人とナルイン市内を散歩中に突然誘拐された。冒頭の写真は、トゥシュトンベックがファリーダをナルイン州にある中国国境近くの小さな村に車で連れていく途中、何度か停車したときに撮ったものだ。

 この時、私はその場の記録に徹することにした。キルギスでの取材を始めてから2カ月余りがたち、キルギスの誘拐結婚には、女性が「家に帰りたい」と言いつづければ帰さなければならないという「暗黙のルール」があることがわかっていたからだ。

 実際、ファリーダは抵抗しつづけた。私はその様子を逃さず記録するために、シャッターを切りつづけた。その後、ファリーダは隙を見て母親に携帯電話で連絡。誘拐から10時間後、兄が助けに来た。トゥシュトンベックの親族はそれでもなお説得を続けたが、誘拐から12時間がたとうとしていた午前2時すぎ、ファリーダはようやく実家へ戻ることができた。

 ファリーダのようなケースは、実はまれだ。誘拐された女性の実に8割が結婚を受け入れるといわれている。これについては次回、誘拐され、結婚を受け入れたある女性を紹介する。この女性の取材中、私は思わぬ形で「介入」することになる。

【担当編集者より】

 抵抗を続けるファリーダを助けに来た兄と、すがりつくファリーダ。そのシーンをとらえた写真を初めて見たのは、林さんの写真展でのことです。心の底からほっとした顔をしているファリーダは、抵抗しているときとはまったく別人のよう。体を張ってファリーダを守るお兄さんの姿にもぐっと来ました。「写真集を作って、たくさんの人に林さんの写真を見てほしい!」そう強く思った1枚です。もちろん写真集に収録しています。ぜひ、ご覧ください。

キルギスの誘拐結婚

若い男が女性を連れ去り、男の親族が総出で説得して結婚させる「誘拐結婚」。中央アジアのキルギスで行われている衝撃の「慣習」を、世界規模の報道写真祭で最高賞を受賞した写真や追加取材の写真、計76点でつづる。フォトジャーナリスト林典子、待望の初写真集!「単なる告発やニュースに終わらないドキュメンタリー」として、より多面的に深く、誘拐結婚の実態を伝えています。林さんが写真に写し出した、キルギスの女性たちの悲しみ、強さ、美しさを、ぜひご自身の目で確かめてください。

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林 典子

林 典子(はやし のりこ)

1983年生まれ。フォトジャーナリスト。大学在学中に、西アフリカ・ガンビアの地元新聞社、ザ・ポイント紙で写真を撮りはじめる。「ニュースにならない人々の物語」を国内外で取材。ナショナル ジオグラフィック日本版で、2012年9月号「失われたロマの町」、2013年7月号「キルギス 誘拐婚の現実」を発表。キルギスの誘拐結婚の写真は世界的に広く注目され、フランスの報道写真祭の特集部門で最高賞、全米報道写真家協会フォトジャーナリズム大賞の現代社会問題組写真部門で1位を受賞。その他、米ワシントン・ポスト紙、独デア・シュピーゲル誌、仏ル・モンド紙、デイズ・ジャパン誌、米ニューズウィーク、マリ・クレール誌(英国版、ロシア版)など、数々のメディアで作品を発表。著書に、『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳 ―― いま、この世界の片隅で』(岩波書店)。