第3回 そして、ヒッグス粒子発見の瞬間がやってきた

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 アメリカの大型超伝導加速器SSCは、1993年、トンネルを20%掘ったところで中止が決定した。その時点で、CERNでも新しい計画があり、それが現在実現しているLHC加速器だ。しかし、SSCよりも小さくエネルギーも低い。作ったとしてもエネルギーフロンティア実験としては物足りないということで、実は計画が「瀕死」の状態だったという。

「ノーベル物理学賞をとったカルロ・ルビアが非常にがんばっていて、エネルギーは3分の1でも、ルミノシティを10倍上げれば対抗できると。東西ドイツが1つになったり、欧州が政治的にも大変だった時期なので、人員削減など、いろいろ苦労があったようです」

 実際、高いエネルギーを実現することが、素粒子物理実験、それも新粒子を探すような実験では本質的なところなのでそこのところはいかんともしがたい。しかし、総エネルギーで劣っても、狭い空間に押し込めば話は違ってくる。「ルミノシティ(衝突輝度)」は日常的な英語ならば「輝度」「明るさ」のような意味だが、素粒子実験の世界では、単位時間あたりどれだけ狭い断面積にたくさんの粒子を通過させられるか、言い換えれば、衝突頻度を意味し、これもまた重要だ。たくさん衝突させれば、その分、データの量が増えるわけだから。LHCはエネルギーでは負けても、ルミノシティで勝負、というロジックでかろうじて計画が生きのびていた。また、当時、逆風だったはずの政治的な不安定さも、CERN設立の精神からすると、順風として作用した可能性もある。

「CERNの設立は1954年で、この時期、第二次世界大戦で疲弊したヨーロッパから、科学者がアメリカに流出する状態だったそうです。加速器にしても、アメリカではすごい強大なものをつくり始めたんで、欧州の1国じゃもう対抗できなくなってCERNをつくったと。欧州の結束のため、平和的な意味もあったし、科学者をとどめておくために、やっぱり1つのターゲットが必要だったといいます」

CERNのなかでも日本人研究者が多くかかわるATLAS実験の日本共同代表を務めた近藤敬比古・高エネルギー加速器研究機構(KEK)名誉教授。(写真クリックで拡大)

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