第4回 名作『白鯨』の元ネタは、もっと壮絶だった

死の漂流

 しかし、クリスマスを過ぎると、食糧配給が半分に減り、船に乗った男たちは極度の飢えと脱水に見舞われた。体内のナトリウム過剰によって恐ろしい症状が出た。下痢を起こし、皮膚にはじくじくした腫れもの、手足にはむくみが生じた。失神する者、奇行に走る者もいた。気力のある者は暴れた。そして互いに食糧を盗み合った。

 1821年1月10日、乗組員のマシュー・ジョイが最初の死者となった。間を置かずに数人が後に続いた。最初の6人の死者は、衣服に包まれて船縁から海に葬られた。
 1月28日の夜、3艘の舟はばらばらに別れた。うち1艘のその後はわかっていない。

 陸地にたどりつくまで、まだ相当な日数がかかるとわかっていた。残り少ない食糧は、まもなく底をつくはずだった。次の死者が出たとき、ポラード船長は遺体を舟に置いておくよう命じた。その仲間の遺体は、男たちの次の食事になるのだ。

恐ろしいくじ引き

 さらに3人が死に、食べられた。そして2月1日、再び食糧が底をついた。今や想像を絶する危機に直面していた。

 ポラードの舟では全部で4人が生存していた。ポラードのほかに、ブラジレイ・レイ、チャールズ・ラムズデル、そして船長のいとこ、オーウェン・コフィンである。深い絶望の中で、男たちは結論を下した。誰か一人が犠牲にならなければ、全員が長く苦しい死を余儀なくされる。

 生きるチャンスはくじ引きに託された。

 4分の1の確率で、黒い印のあるくじを引く可能性は全員にあった。そしてそれを袋から引っ張り出したのは、オーウェン・コフィンだった。
 だがこれで終わりではなかった。他の3人がまたくじ引きを始めた。誰がコフィンを殺すかを決めるためだ。この恐ろしい仕事に当たったのはコフィンの友人、チャールズ・ラムズデルだった。
 ラムズデルはコフィンを撃った。少年の遺体はポラード、レイ、ラムズデルに食べられた。それからまもなくレイも死んだ。舟の上での残りの苦しみの日々を、ポラードとラムズデルは骨をかじって生き延びた。