• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

現政権への抗議デモをきっかけに、3年前から内戦状態に突入したシリア。戦火が迫る首都ダマスカスで、市民の声を取材した。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

シリア 終わらない内戦 首都ダマスカスの現実

現政権への抗議デモをきっかけに、3年前から内戦状態に突入したシリア。戦火が迫る首都ダマスカスで、市民の声を取材した。

文=アン・バーナード/写真=アンドレア・ブルース、リンジー・アダリオ

 シリアでは激しい内戦が続いている。2013年末までに約900万人が家を追われた。その多くは国内の比較的安全な地域に避難し、約4分の1の人々は国外に脱出した。増え続けるシリア難民の受け入れ先は近隣諸国だけでは追いつかず、その波は欧州などの遠隔地にまで及びつつある。内戦は3年目に入ったが、収束の兆しはいまだ見えていない。

 首都ダマスカスの旧市街は、今のところはかろうじて戦火を免れている。北部のアレッポや中部のホムスといった内戦の激戦地や、戦闘で荒れ果てた郊外から逃れてきた人々が、仮の住まいに肩を寄せ合って暮らす。だが首都の安全地帯もじわじわと狭まりつつある。先が見えない状況のなか、懸命に生き延びようとする市民たちを取材した。

元凶は反体制派か、アサド政権か

 アラブ世界において、ダマスカスは何世紀もの間、高度に洗練された文明の都として知られてきた。内戦ですでに多くが失われたとはいえ、その独自の文化はシリアの未来をかすかに照らす希望の光となっている。

 この街では何世紀もの間、異なる信仰をもつ人々が交易を行い、ともに暮らしてきた。スンニ派やシーア派のイスラム教徒、キリスト教徒、そしてユダヤ教徒。もちろん衝突もあったが、人々は宗教や宗派の違いを超えて、自由で活気に満ちた都市の生活を満喫していた。

 しかし1970年代初頭、アラウィ派出身のハーフェズ・アル・アサドが政権の座に就く。シーア派の分派とされるアラウィ派は長年抑圧され、沿岸部の山岳地帯で暮らしていたが、アサド政権下で優遇されることを期待して、次々と首都に流入するようになった。ハーフェズの跡を継いだのが、息子のバッシャールだ。

 政府派の人々に言わせれば、アサドこそダマスカスの守り手で、異文化が共存してこられたのはアサドのおかげだという。彼らにとって反体制派は、外国にそそのかされて少数派のアラウィ派を追い出し、宗教的な支配を押しつけようとする過激派にほかならない。
 一方、反体制派の人々は、こうした主張を悪意に満ちたでまかせとして非難する。武装組織の戦士たちもごく普通のシリア人であり、シリアの多様性を支える存在だというのだ(彼らの多くは地方出身の貧しいスンニ派だ)。反体制派にとってアサドは、宗教対立をいたずらにあおり、政権の座にしがみつくためにはダマスカスの街を焼き払うこともいとわない独裁者だ。

 ダマスカスで育ったという30代の男性、ガジ・H(仮名)と迷路のような旧市街の路地を歩いた。シーア派地区の壁には、アサド政権を守るために死んだ兵士をたたえるポスターが張られていた。隣の地区に住むスンニ派はそれを見て、ひそかに兵士たちの死を喜んでいるだろうと、ガジは言う。それでもシーア派とスンニ派は挨拶を交わし、互いの店で買い物をする。「この街ではいつの時代も、同じような光景が繰り返されてきました。それでも人々の生活は続いていくんです」

※ナショナル ジオグラフィック2014年3月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 シリア内戦の終結に向けた国際和平会議がスイス・ジュネーブで始まったのは、ちょうどこの記事を編集している時でした。でも交渉は難航し、その間にも犠牲者が増え続けています。
 内戦で家を追われたシリア人は、昨年末までに約900万人に達したそうです。難民キャンプでパンの配給に群がる少年たち、空爆直後に国境を越えて逃げる家族、ボロボロに荒れ果てた郊外の街並み……。「アラブの春」はまだ終わっていないという現実を突きつけられました。(編集M.N)

この号の目次へ

ナショジオクイズ

フラミンゴがピンク色の理由は?

  • いつも興奮しているから
  • 食べ物から天然色素を吸収するから
  • 紫外線によってメラニンの合成が促進したから

答えを見る

ナショジオとつながる

週2回
配信

メールマガジン無料登録

メルマガ登録の詳細はこちら

ナショナル ジオグラフィック バックナンバー

ナショナルジオグラフィック日本版サイト

広告をスキップ