途方もなく複雑な人間の脳は、どのように機能しているのか。脳の奥深くをのぞき見る先端技術を駆使した、脳研究の最前線に迫る。

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先端技術で見えた脳の秘密

途方もなく複雑な人間の脳は、どのように機能しているのか。脳の奥深くをのぞき見る先端技術を駆使した、脳研究の最前線に迫る。

文=カール・ジンマー/写真=ロバート・クラーク

 脳研究の最先端では、さまざまな試みが行われている。ニューロン(神経細胞)の微細な構造を明らかにする研究もあれば、無数のニューロンが何千種類ものタンパク質をどのように生産して利用するかを調べて、脳のマップを作ろうという取り組みも進む。

 活動中の脳を可視化できるようになると、機能不全も突きとめやすくなる。健常者の脳と自閉症者の脳、統合失調症やアルツハイマー病の患者の脳の構造的な違いを探る研究も始まっている。脳の構造と機能の関係がより詳しくわかってくれば、病気の診断や発症メカニズムの解明につながる可能性がある。

脳を見るために脳を消す

 脳を可視化する最先端技術の中でも、特に意外なのは、米スタンフォード大学の神経科学者で精神科医でもあるカール・ダイセロスの研究チームが開発した手法だろう。脳を見るために脳を消す――そんな逆転の発想に基づいたものだ。

 ダイセロスの研究室を訪ねると、学生の一人が、ビーカーを5、6個並べた台の前に案内してくれた。彼女はその一つを手に取って、底に沈んでいるマウスの脳を指さした。よく見ないと、どこにあるのかわからない。脳はブドウの粒ほどの大きさで、ほとんどガラス玉のように透明だった。

 人間やマウスの脳は不透明だが、それはニューロンが、脂肪など光を通さない物質に包まれているためだ。だからそうした不透明な物質を取り除いて透明な標本を作れば、脳を切り刻まなくても、脳内のニューロンの位置やつながりを調べられる。ダイセロスは研究員のグァンフン・チュンとともに、不透明な物質を取り除き、透明な分子だけを残した標本を作製する技術を開発した。

 この技術でマウスの脳を透明にしたあと、蛍光物質を使って特定の種類のニューロンを色づけし、たとえば脳の離れた領域を結ぶ回路を観察することができる。色づけする対象を変えれば、さまざまな種類のニューロンの位置や構造を可視化できる。「配線をばらさなくても、配線図がわかるわけです」とダイセロスは説明してくれた。

「CLARITY(透明性)」と呼ばれるこの技術は、脳科学者たちに衝撃を与えた。
 ゆくゆくは人間の脳の透明サンプルも作製したいとダイセロスは考えているが、人間の脳はマウスの脳の3000倍も大きいとあって、技術的にはるかに難しい。いずれはCLARITYが自閉症やうつ病などの診断に役立つ可能性はあるが、そこまでの道のりはまだ遠い。このためダイセロスは、現時点では安易な期待はもたないように肝に銘じているという。

※ナショナル ジオグラフィック2014年2月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 今回の特集で何より驚いたのは、マウスの脳を透明にする技術「CLARITY」です。この技術は、米国の科学雑誌『サイエンス』で2013年の重要な科学成果「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」の一つにも選ばれました。その衝撃的な写真は本誌にも掲載していますが、2月半ばに発売するiPad版には、蛍光物質で着色した「透明脳」の3Dアニメーションを収録予定。まるで脳の中を探検しているような不思議な気分を味わえますよ。
 もう一つ興味をもったのは、脳からの信号に従って四肢を動かす装置「エクソスケルトン」。脊髄損傷などで体を動かせない患者にとっては、福音となる可能性のある技術です。開発チームを率いるブラジル出身のミゲル・ニコレリスは、今年のサッカー・ワールドカップでこの装置をお披露目したいと考えているそうです。うまく行けば、エクソスケルトンをつけた患者が開幕戦でキックオフをする勇姿を、世界中のサッカーファンが目の当たりにするかもしれません。(編集T.F)

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