先祖伝来の地で細々と伝統を受け継いで暮らす、オーストラリアの先住民アボリジニ。彼らの文化は守られるか。

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アボリジニ 祖先の道をたどる

先祖伝来の地で細々と伝統を受け継いで暮らす、オーストラリアの先住民アボリジニ。彼らの文化は守られるか。

文=マイケル・フィンケル/写真=エイミー・トンシング

 アボリジニは、5万年も前からオーストラリア大陸に暮らしてきた先住民だ。しかし、今ではこの国の全人口に占める割合は、3%にも満たない。

 200年ほど前まではずっと、オーストラリア大陸は、彼らだけのものだった。

 かつてアボリジニには250の異なる言語が存在していたが、文化や宗教には共通する部分も多い。少人数で狩猟・採集をしながら広大な大陸を移動する暮らしを営んできたが、1770年4月29日に英国の探検家ジェームズ・クックが南東部の海岸に上陸してから生活が一変する。その後2世紀にわたり、虐殺、病気の流行、アルコール依存、強制同化、土地の収奪といった文化抹消の嵐が吹き荒れた。

現代的で伝統的な生活

 現在、オーストラリア北部に位置するアーネムランドでは、マタマタ村をはじめ数十カ所の村で、昔ながらのアボリジニの暮らしが営まれている。村と村をつなぐのは未舗装の悪路で、雨期には交通が寸断される。

 しかし、アーネムランドは現代社会から隔絶されているわけではない。太陽光発電の設備はあるし、衛星電話も通じる。ボートはアルミ製で、薄型テレビにはDVDプレーヤーが接続されている。

 それでも、とげだらけの灌木が茂り、ヘビや虫やワニが出没する土地には、外部の人間はおいそれと近づけない。もし若い世代が狩猟採集生活を嫌がり、スーパーマーケットで手軽に買い物ができる生活を選べば、伝統はそこで途絶えるだろう。

 マタマタ村は25人ほどが住む小さな集落だ。村に入るには、村を取りしきるフィリス・バトゥンビルの許可が必要だった。村に通じている電話回線は2本だけ。1本はバトゥンビル専用で、残りは村人が共同で使っている。
 その専用回線にかけると、バトゥンビルが出た。

 彼女は現地語のヨルング・マサ語と英語を話し、アーティストとして生計を立てている。自分の髪の毛でこしらえた絵筆を使い、アカエイやトカゲといった神聖な生き物を、樹皮や中空の丸太に描く。ヨルング族はアボリジニの名前の前に英語風の名前をつける人が多いが、彼女はアボリジニの名前で呼ばれるのを好む。

 宿泊費も食費も払うから、2週間滞在してもいいかと尋ねると、バトゥンビルは了承してくれた。ほかに持っていくものはありますか? 私の問いかけに、こんな答えが返ってきた。
 「夕食を25人分お願いね」

腹が減ってるんなら、カメを捕っておいで

 それに応えて持参したスーパーの袋に入った大量の食料品を、バトゥンビルは検分する。
 ステーキ肉と野菜、缶詰、ジュースのパック。これを全部くれるのかと尋ねるので、もちろんだと私は答えた。

 しばらくすると村人が集まってきた。マタマタの住民はみんな親戚どうしで、バトゥンビルの子どもや孫のほか、兄弟や姪も一緒に暮らしている。私が自分用に買ったおやつも含めて、あっという間にすべて持っていかれた。

 私の表情で察したのか、バトゥンビルが言った。
「腹が減ってるんなら、この子たちについていって、カメを捕っておいで」

※ナショナル ジオグラフィック6月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 2009年12月号「ハッザ族」や2012年1月号「北極圏の犬ぞり警備隊」など、辺境の地から体当たりのルポを届けてくれているジャーナリストのマイケル・フィンケル。そんな彼が、アーネムランドにあるヨルング族の村に2週間滞在して、伝統的な暮らしにどっぷり浸かってきました。本文冒頭のウミガメ漁のエピソードから、ストーリーにぐぐっと引き込まれます。

 写真は、写真家のエイミー・トンシングが3年以上かけて撮影しました。1枚1枚じっくりご覧ください。電子版では、アボリジニの珍しい儀式を動画でお楽しみいただけます。(編集T.F)

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