第9回 若者よ、自立しよう、分かち合おう

昭和8年の大地震後の「新漁村建設計画要項」(提供:吉野奈保子)(クリックで拡大)

 手元に一冊のコピーがある。表紙には「昭和八年七月十六日 大槌町吉里々々部落 新漁村建設計画要項」と書かれている。吉里吉里の天照御祖神社宮司、藤本俊明さんが、避難所を訪ねていた私たちに見せてくださったものだ。

 三陸沿岸地域は、今から約80年前にもマグニチュード8.1と想定される大地震が発生し、津波による甚大な被害を受けた。昭和8年3月3日の「昭和三陸大地震」である。このコピーは、その震災から約4カ月後にまとめられた、当時の「復興計画書」だった。

 その計画書の要旨として、最初に綴られていたのは、以下の文章である。

「一、隣保相助ノ精神ヲ振作シ 共同の力ヲ産業経営並ニ日常生活ノ上ニ致シ 以テ今次災害ノ復旧復興ヲ期スルト共ニ 部落永遠ノ共存共栄ヲ営ムモノトス」
 「助け合いの精神と共同の力によって、産業経営と日常生活を復旧復興し、未来永劫続く共存共栄の村にしよう」という主旨の文章である。

 そして内容は、具体的な復興計画へと続く。そこには新漁村の建設にあたって、宅地造成はどのように進めるか、また、防潮林や防潮堤といった津波防止施設をいかに建設するか等とあわせて、地域の暮らしについても言及されていた。

「ここは半農半漁の村であり、本来は農業についても自給自足の対策を講ずるべきだが、地勢上、水田耕作を進めるのは困難であるため、今後は養蚕に力を入れよう」「副業として、子供たちが鶏や豚、兎を飼うことも良い」「青年たちを育てるための道場は、小学校の東南端の敷地、つまり海洋や新たに建設される村を一望できる高台に設置し、将来、漁業や農業に従事する若者を育て教育訓練を行おう」