雪と氷に閉ざされたロシアのウランゲリ島は、人間を簡単には寄せつけない野生動物たちの聖域だ。

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極北の孤島に生きる

雪と氷に閉ざされたロシアのウランゲリ島は、人間を簡単には寄せつけない野生動物たちの聖域だ。

文=ハンプトン・サイズ/写真=セルゲイ・ゴルショフ

 霧が晴れた。北極圏のまばゆい光に照らされて、島の輪郭がくっきりと浮かび上がる。東西150キロほど。ツンドラの大地に点々と花が咲き、山々が黄金色に輝いている。

「こんにちは。ようこそウランゲリ島へ!」

 監視員の声は、わざとらしく思えるほど明るい。太陽と人間との接触に飢えた若者のようだ。「1年のうち9カ月は、白、黒、灰色の3色しかありません。ここの冬は好きになれませんよ」

 ウランゲリ島は、1976年にロシアが管理する自然保護区に指定され、2004年にはユネスコの世界自然遺産にも登録されている。厳しい気候にもかかわらず、あるいはその気候のおかげで、ここには驚くほど多様な生物が生きている。極北のガラパゴス諸島と言っていいかもしれない。

 この島は、ホッキョクグマの世界最大の繁殖地で、冬には400頭もの母グマが子育てをすることがある。気候変動の影響で海氷が年々減ってきているため、最近では夏の居場所を求めてやって来るホッキョクグマもいる。またここは、タイヘイヨウセイウチの世界最大の個体群が生息する場所で、ハクガンのアジア唯一の繁殖地でもある。そして、シロフクロウやジャコウウシ、ホッキョクギツネやトナカイが暮らし、タビネズミと海鳥の大規模な個体群もいる。

人間を寄せつけない島

 動物たちが大昔からこの地で生き延びてきた一方で、人間はそうはいかなかった。シベリア北東部の沖合140キロにあるウランゲリ島は、19世紀後半まで、霧に包まれた幻の存在だった。

 ウランゲリ島が大陸の一部ではなく、島であることを確認したのは、1879年に出航した司令官ジョージ・ワシントン・デ・ロング率いる米国の北極探検隊だ。だが、一行は島に上陸することはなく、乗っていたUSSジャネット号は、巨大な海氷に取り囲まれて2年間近く身動きが取れなくなった末、最後には沈没してしまった。

 初めて人間が上陸したのは、1881年8月のことだ。上陸したのは、行方不明になったジャネット号を捜索していた蒸気船トーマス・L・コーウィン号に乗り込んでいた米国人たちだった。

 その後30年以上、島に近づいた者はなかったが、1913年のカナダ北極探検隊を皮切りに、不幸な出来事が再び続くことになる。探検隊が乗っていた2本マストの帆船カールック号は破損。8カ月後に救助隊が到着するまでに、25人のうち11人が島やその周辺で命を落としてしまう。1921年にもカナダ人が中心となってウランゲリ島に移住し、英国本国のために領有権を主張しようと試みたが、新たに4人の死者を出す結果となった。

 1926年には、領土拡大をもくろんだソ連が、シベリアの先住民チュコトをウランゲリ島に強制移住させた。1970年代までは小さな集落があったが、自然保護区の制定と同時に移住者の子孫たちはシベリアへ送還されることになった。

 当面ウランゲリ島は、極北の動物と彼らを研究する学者のための“野生生物研究所”として存続するだろう。

※ナショナル ジオグラフィック5月号から一部抜粋したものです。電子版では、ウランゲリ島の美しい自然を動画でもお楽しみいただけます。

編集者から

 フリーランス時代は、ひたすら自分の部屋に缶詰状態になって仕事をしていました。久しぶりに人に会うと(私の場合、相手は数カ月に1度行く、美容師のお姉さん)、うれしくてマシンガン・トークを炸裂させたものです。ですので、この北の孤島に残された監視員ロジオノフの、人間と太陽との接触に飢えた“から元気さ”はとてもよくわかります。人間にとって生きにくい島だからこそ、動物たちにとっては楽園となるのでしょうね。(編集H.O)

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