豊かな恵みをもたらす化学肥料は、同時に環境汚染を引き起こす。70億人を養う方法はほかにあるのか。

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化学肥料と地球の未来

豊かな恵みをもたらす化学肥料は、同時に環境汚染を引き起こす。70億人を養う方法はほかにあるのか。

文=ダン・チャールズ/写真=ピーター・エシック

 食の国と言われる中国は、食料の枯渇を何よりも恐れている。もっとも、訪れた旅人の目には、そんな心配など杞憂に思えるほど、食生活は豊かに見える。魚の蒸し物に焼いた羊肉、菊の葉入りの卵スープ、ブロッコリーの炒め物、そして炊きたての白飯……。

 その豊かな食を支える影の立役者が「窒素」だ。窒素は肥料として、地球に暮らす膨大な人口の胃袋を満たすのに、重要な役割を果たしている。植物はこの元素なしに光合成ができないばかりか、たんぱく質もつくれず、ひいては成長もできない。
 しかもトウモロコシや小麦、米など人間が主食にする農作物は、とりわけ多くの窒素を必要とするため、自然が与えてくれる窒素だけでは足りないのだ。

 大気中に大量に含まれる窒素ガスは、巨大な工場で化学反応によって水素ガスと結びつき、植物が利用しやすい窒素化合物に生まれ変わる。こうして生産された窒素肥料が、毎年、世界中で1億トンも使われている。今や、窒素肥料なくして70億人を養うことはできないのだ。現に、私たちの体に含まれる窒素の約半分は、元をたどれば化学肥料に由来している。

窒素肥料漬けになる農家

 1970~90年にかけて、中国では人口が3億人も増えた。農家もそれに合わせてさまざまな手を試みた。南京近郊に住むある農夫は、0.5ヘクタールの農地をなんとか肥沃にしようと、生ごみを堆肥にし、人や家畜の糞尿をまいたという。そうして農地1ヘクタール当たりの米の収穫量は3000キロを超えるほどになった。世界の水準を上回る立派な数字だ。

 だが現在、彼はさらにその倍以上の8100キロを収穫している。農夫が田畑にまく窒素は以前の約5倍に増えた。農地は固形肥料として与えられた尿素で飽和し、窒素の投与量は1ヘクタール当たり590キロに達している。

 この農夫に限った話ではない。中国政府は1975~95年に窒素肥料の製造工場を数百カ所建設、生産量は4倍に増えた。今や中国は、生産量、使用量ともに世界最大の窒素肥料依存国となった。

現れ始めた代償

 だが、窒素を使い過ぎた代償が、環境問題や地球温暖化という形で現れ始めた。

 田畑にまかれた窒素化合物は、じわじわと周囲に流出し、しばしば環境に悪影響を及ぼす。一部の窒素は、直接河川に流れこむか大気中へと蒸発する。そのほかは、農作物に吸収されて一旦は人間や家畜の体内に取り込まれるが、下水や家畜の糞尿を通して、再び自然界へと循環するのだ。

 近年、中国政府が国内40カ所の湖で実施した調査によると、半数以上の湖が大量の窒素やリンに汚染されていることがわかった。リンを含む肥料は、湖に生息する藻類の異常増殖の元凶とされている。最もよく知られるケースが、中国第3の淡水湖、太湖だ。

 太湖では有毒なシアノバクテリアが幾度となく異常発生し、2007年には近くの無錫市に暮らす約200万人の生活用水が汚染された。また、中国の沿岸部では現在、「デッドゾーン」と呼ばれる酸欠状態の海域が生じ、魚が窒息死して漁業関係者に打撃を与えている。

 中国だけでなく世界的にも、窒素肥料の使用は増えこそすれ、減ることはないだろう。中国は人口が増え続け、日常的に肉を食べる傾向が広がっている。食肉用の豚や牛を飼うには、人間が直接消費する量の何倍もの農作物が必要になる。「中国人の食生活が欧米並みになれば、環境にかかる負担は極めて重くなるでしょう」と、中国農業大学の巨暁棠は語る。

 さらに増えていく人口を、世界の農業はどう支えていくのか。各地の取り組みを紹介する。

※ナショナル ジオグラフィック5月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 栄養過多はかえって健康によくないというのは、人間も自然も同じようです。 ヘルシーな日本食が欧米でブームになったように、農業のヘルシー化もブームにならないでしょうか? 日本の有機野菜も、もう少しお値段が下がるとうれしいのに。(編集H.O)

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