第3回 ハヤブサがタカよりインコに近かったことが示すもの

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 三中さんは京都の生まれで、小学生時代は、近く山の渓流で石をひっくりかえして水生昆虫を集め、夜は灯火採集といったように、かなり深みにはまった昆虫少年だったという。東京大学農学部に進学し、最初は昆虫の分類学に携わろうと考えていた。しかし、本人いわく「たまたま」生物統計に出会ってしまった。だから、三中さんの「表の仕事」は、一見、系統樹とは関係がないものだ。農業環境技術研究所、という名の通り、農学に関係が深く、かつ、統計に関わる仕事なのである。

「私のいるところは、現在は組織改革により研究室とは呼ばなくなりましたが、元をたどれば第二次世界大戦直後に旧農事試験場に設置された物理統計部がルーツでした。30数名のスタッフを擁した物理統計部には統計調査を専門とする調査科という部署がありまして、育種実験計画など農林水産研究の統計データ分析を専門にしていました」

昔懐かしい?タイガー計算機。株式会社タイガータイガー手廻計算器資料館」より。(写真クリックで拡大)

「当時は大型コンピューターがまだ普及していなかったので、データ計算は手計算あるいは『タイガー計算機』という機器を用いていました。1960年から毎年開催されていた統計研修というのがありまして、各地にある農水省系の研究所の人たちがデータを持ってきて、2週間朝から夜まで計算し続けるようなことをすべて手計算でやっていたと聞いています。持ってくるデータは、まさに実地のもので、例えば新しい品種ができれば、ほんとにこれは良い品種なのかどうか知りたい、ですとか。最近は農水省でも、分子レベルの研究が、増えましたからDNAデータを扱う研究も多いんですが」