米国フロリダ州のキングス湾に集まるマナティーをめぐって、地元住民たちの間で論争が巻き起こっている。

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マナティー 保護か観光か

米国フロリダ州のキングス湾に集まるマナティーをめぐって、地元住民たちの間で論争が巻き起こっている。

文=メル・ホワイト/写真=ポール・ニックレン

 人魚のモデルとも言われる海の人気者、マナティー。この動物と一緒に泳げる米国フロリダ州キングス湾は、古くから人気の観光地だ。ところが、マナティーと人との距離が近すぎることが、問題も生んでいる。

 成長すると体重500キロ以上にもなるマナティーは、太ったイルカのようにも、小さなクジラのようにも見える。しかし、マナティーにはクジラのような厚い脂肪層がないので、寒さに弱い。水温が20℃を下回ると弱り始め、やがては死んでしまうのだ。

 そんなマナティーにとって、フロリダ半島の西側に位置するキングス湾は理想的な越冬地と言えそうだ。周辺には真水の湧き出る泉が数十カ所あり、水温は年間を通じて22℃でほぼ一定に保たれている。こうした環境のおかげで、1960年代には30頭前後だった冬の個体数は、現在では600頭以上にまで増えた。毎年11月から3月にかけて、町内の水路を悠然と泳ぎ回ったり、うとうとと眠ったりする姿を見ることができる。

「彼らは都会の生活に慣れた野生動物です。私たち人間の住宅地からわずか15メートルのところで暮らしているのですから」と、フロリダマナティーを35年間研究してきた生物学者ロバート・ボンドは語る。

経済効果は数十億円

 キングス湾に面したクリスタルリバーの町はいまや、米国におけるフロリダマナティーの“首都”と言えるだろう。ここでは水中でマナティーと一緒に泳ぐことも、手で触れることもできる。保護の対象となっている絶滅危惧種に対して、こんな行為が奨励されている場所はほかにない。マナティーとの触れ合いは、ここでは昔から行われてきた人気の観光アトラクションだ。

 そのアトラクションを目的にクリスタルリバーを訪れる観光客は年間15万人以上。多くの人がマナティーへの理解を深めて帰るが、だからと言って迷惑行為が許されるわけではない。地元の保護活動家トレーシー・コルソンは2006年から“マナティー虐待”の動画を撮り始めた。なかには観光客がマナティーの背中に乗ったり、ガイドがマナティーの赤ん坊を母親から引き離し、観光客に手渡したりする映像もあった。動画サイト「ユーチューブ」に投稿されたコルソンの映像は、マナティー好きの人々に衝撃を与え、マナティーと触れ合う際のルールを厳しく見直すきっかけとなった。

 保護団体「セイブ・ザ・マナティー・クラブ」の代表を務める水生生物学者パトリック・ローズは、人々の行動を変えたいと考えている。「マナティーたちは人間と関わりたいわけではありません。彼らは静かな休息場所を求めています。特に冬の寒い日は、温かい場所を見つけることが生き抜くための最優先事項なのです」

 マナティーが地元の観光産業にもたらす経済効果は推定で年間2000万~3000万ドル(18億~27億円)だ。マナティーと泳げるプログラムがなくなれば、かなりの収入減になるだろう。この問題はビジネスにも深く関係しているのだ。

 2011年、危機感を募らせた16のツアー業者がマナティー・エコツーリズム協会を設立。保護区当局やセイブ・ザ・マナティー・クラブと協力し、観光と保護の適切なバランスを模索している。キングス湾などで観光ツアーを主催しているマイク・バーンズが会長を務める同協会は、マナティーと人間の接触について、連邦法の規定よりも厳しい自主ルールをいくつか導入している。

※ナショナル ジオグラフィック4月号から一部抜粋したものです

編集者から

 凹凸のないフォルムは、「遠目に見たらまるでナマコだ」と思いました。尻尾だって“しゃもじ”みたいな形だし、「太ったイルカのようにも、小さなクジラのようにも見える」、不思議な動物。マナティーに触れるのは問題だとする保護活動家の意見もあります。でも「魂を揺さぶられるような体験」をしてみたいという気持ちは、わからなくもないです。(編集M.N)

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