第3回 儀礼と風習からみるマヤ文明の精神世界

額や後頭部を平らにした貴族たち

 マヤ人には、子どものときに額を平らにする「頭蓋変形(とうがいへんけい)」という風習もあった。2枚の板で前と後ろから頭をはさんでひもで縛り、頭の形を変えたと考えられている。ただし、この風習はすべてのマヤ人に見られるわけではなく、貴族が自らの高い身分を一般の人々と明確に区別する行為だったのだろう。なぜ平らな額や直線状の後頭部を人工的に作り出したのかは、現在のところ推測によるしかない。当時のマヤ人が、その形状を高貴で美しいと考えていたためだろうか。ちなみに、「歯牙変工」にしても「頭蓋変形」にしても、男女比は遺跡によって多少差があっても、全体として見ればその差はほとんどない。

 ところで、マヤ人の儀礼はどのような時に行われたのだろうか。一部の儀礼は、マヤ暦と関連があることが知られている。長期暦のカトゥン(7200日)の終わりを記念して、石碑を建てて祝ったり、儀礼に使われた香炉を埋納したりした事例が報告されている。次回はそのマヤ暦について見てみよう。

つづく(次回は12月21日公開予定)

多々良 穣(たたら ゆたか)

1967年、宮城県生まれ。東北学院榴ケ岡高等学校教諭。マヤ文明研究者。ペンシルベニア大学への国費交換留学を経て、94年、金沢大学大学院文学研究科史学専攻修了。95年より現職。現在は金沢大学による「ティカル国立公園北のアクロポリスプロジェクト」にも参加している。主な著書に『ようこそマヤ文明へ~マヤ文明へのやさしいアプローチ~』(文芸社)『マヤとインカ―王権の成立と展開』(同成社、分担執筆)、『文明の考古学』(海鳥社、分担執筆)がある。