第1章 始まりと終わり 前編

 用意していた小部屋に彼を講じ入れ、話を聞きはじめたとたんに、これは大変な男に取材することになったと思った。話の内容が大変というのではない。話の内容にまで行きつくのがひと通りのことではなかったのである。

 彼は一言、二言話すたびに、顔を赤らめ、大汗をかいた。比喩としていっているのではない。上気した顔面に、汗が噴き出し、頬や顎にそれが流れ落ちた。言葉がうまく出ないのである。一言いってつっかえ、つっかえたことで顔を赤らめ、顔を赤らめながら、できるだけ誠実かつ正確に自分の体験を伝えようとする。そういうことなのだろうとすぐに推測がついたが、しかし私がそう思ったところでどうにもなるものではなかった。

 世の中には訥弁の人だっている。また、とつとつとよくわからない話し方をする人でも、後でテープを起こしてみると、いいよどんでいる部分が飛んで意外に話の筋道が通っていることだってある。私は編集者という仕事柄、ふつうの口下手には驚かないつもりでいた。

 しかし植村は、度外れていた。言葉がほんとうに出てこないのだった。当人自身、そのことに困惑して、ウー、ウーと唸った。一節ごとに、「あのう」「このう」「そのう」「今の」を連発した。言葉よりも手ぶり身ぶりが先に立ち、それでも言葉が出ないとなると、ほんとうに身をよじった。

 私は覚悟を決めた。存分に時間をかけよう。そのうちに、植村のほうで少しずつでも話すことに馴れてくるかもしれない。そして、1日3時間ずつ、3日がかりで話を聞いた。

 話の後先が入り乱れ、場所もあちこちに飛んだ。それでもノートをとりつづけ、テープをまわしつづけたのは、彼の言葉にならない言葉の向こう側に、輝くばかりの貴重な体験が仄見えたからだった。私は、「あのう」「このう」と、唸り声と、大汗を取り除いて、そんなに長くはない植村の聞き書きをまとめた。「文藝春秋」68年4月号に「無一文の一千日世界探検」というタイトルで、その記事は載った。

 それが、植村直己との出会いである。