第2話 とっておきの秘策

 てっきり、後ろについて来ていると思っている我が子の姿が突然見えなくなって、代わりに尋常じゃない鳴き声が聞こえてくるものだから、母馬たちはパニックに陥って、前足を上げて立ち上がるわ、リードロープを振り切ろうとするわで、もう大変なんてものじゃない。

「かーちゃ~ん!」
「おし~ん!」

 という涙の名シーンをやっている場合でもなく、母馬たちは、我を忘れたように暴れだした。もはや、私の力では抑えきれない。

 こうなれば、さっさと元いた場所に戻してしまおう。
 リードロープを短く握って、私は心を鬼にした。後ろ髪をひかれるように何度も振り返る母馬の顔を、むりやり前に向かせて歩かせる。
 丘の上の厩舎から聞こえてくる子馬たちの呼び声が、丘の下の草原にまで響き渡っていて、私の心も苦しくなった。
 母馬たちを放牧地に返し、急いで厩舎に戻って来ると、子馬たちは、首筋に冷や汗をかいて、落ち着きなく頭を振り回しながら、イライラと歩きまわっていた。
 なにがなんでもここを突破するぞ!とばかりに、戦闘態勢に入っていて、何度もドアに体当たりをしては、頭を打って、飛び散る星を見ている。

 群れをなす草食動物は、孤立すると、すぐにも捕食動物に狙われてしまうために、一頭だけになるという状況は、かなりの不安とストレスになるという。まして子馬であれば、命に関わるもの凄い恐怖だ。
 そんな不安を、少しでも解消してあげようと、二頭の子馬たちを一緒の馬房に移してやることにしたが、それでも、やはり母親が必要なようで、母親を求める鳴き声は止むことはなかった。
 げじげじ髭のボスは、のんきなことに、
「ま~、こういう時は、テレビのソープオペラ(昼のメロドラマね)でも見ていれば、そのうち諦めるだろう」と言って、家に帰っていった。
 牧場主としての経験からの言動なのか、単なる楽天家なのか、はたまた、本当にメロドラマが始まる時刻だったのか、それは分からないが、必死に脱走を試みる子馬たちの前に、私は、ぽつんと残されてしまったのだった。

『今日も牧場にすったもんだの風が吹く』 廣川まさき著

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