第1話 初仕事は、子馬の親離し

『ウーマンアローン』で開高健ノンフィクション賞を受賞した女性ライター廣川まさきが、ニュージーランドの牧場で突撃“農”ライフに挑戦! 個性豊かな動(人)物が繰り広げる、抱腹絶倒七転八倒の細腕奮闘記。電子書籍化に合わせて再連載!

 すっぱ~んと抜けるような空間が広がるニュージーランドの牧草地。
 爽やかな風が、大地の草をくすぐりながら渡ってくる。空は青いし、空気も美味しい。太陽もぽかぽか。馬や羊たちが、遠くでのんびりと午後の草を食んでいて、小鳥のさえずりだけが賑やかに聞こえてくる。
「なんて静かで平穏な時間だろう。やっぱり、ニュージーランドは、いいなあ。これぞ牧歌的!」
 と、草原の風に吹かれて喜んでいる私のところに、これから住み込みで働くことになるこの牧場のボスがやってきて、デッキブラシのようなげじげじ口髭をニコニコとさせながら言った。
「今日は、君の初仕事だからね、子馬の親離しをしよう!」

 この牧場に来て二日目。午後から本格的に仕事をするという日である。
 記念すべきニュージーランドでの初仕事なのだから、これからの運(うん)がつくように、心穏やかに、牧場の聖なる仕事、糞(うん)掃除から始めようと思っていたのに、子馬の親離しだなんて……。
 それは、かなり大変な作業であるし、生まれてからずっと一緒にいる母と子を引き離そうというのだから、必然と悲しく辛い場面となるのは間違いない。
 かつて多くの国民が涙した伝説の朝ドラの親子惜別シーン、
「かーちゃ~ん」
「おし~ん~」
 のように……。
 できるならば、そういうツライ仕事は、もうちょっと後にして、今はニュージーランドのぽかぽか陽気に、デレ~っと包まれていたい。
「だから、どうか、お手柔らかに、糞掃除から始めさせてください……」
 と、手を合わせて願っていたものの、げじげじニコニコ髭のボスの心に届くはずもなく、さらに、げじげじはニンマリとして、
「母馬たちのお腹の中には、もう新しい命が芽生えているからね~、その命を育むためには、今の子のことを、すっぱりと忘れて、お腹の中の子に集中する必要があるんだよ」と言う。

 ほらほら、聞いた~? どこに子供のことを、すっぱりと忘れる母親がいますか?
 私はもはや、馬の親子へのシンパシーで心がいっぱいになって、「親子の引き離し、はんたーい」と、労働組合のように心の中で叫びはじめていた。
 ところが、――である。
 ボスが、こんなことを言った。

『今日も牧場にすったもんだの風が吹く』 廣川まさき著

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