第1話 初仕事は、子馬の親離し

「子馬たちは、これから人間社会で生きていくことになる。そのためには、人間との関係作りを始めなければならないんだよ」
 その言葉に、心の中のデモ行進はハタと立ち止まり、一瞬にして解散宣言となった。というのも、ボスの言っていることは、ごもっともなのである。

 野生の中で生まれた子馬は、原野で生きていく術(すべ)を母馬から学ぶために、もう少し母親と一緒に過ごすことができるけれど、人間社会の中で産み落とされた馬は、人間との関係や役割を学び、共に生きていく方法を身につけていかなければならない。
 それが、人間界に生まれた動物たちの宿命であり、それを学ぶには、早ければ早い方がいい。
 頭では分かっているけれど、やはり、のどかな太陽の下で幸せそうに寄り添いながら草を食んでいる親子たちを見ていると、なんだか胸がぎゅっとなる。
 子馬たちは、生まれてからまだ半年ほどで、人間に例えると、小学校六年生くらいだろうか? まだまだ、親が必要な年頃に見えた。

 さて、引き離す親子は二組。
 ボスと私は、なにくわぬ顔で二頭の母馬に近づき、ホルター(馬に付けるリード用の首輪のようなもの)を付けて、リードロープ(引き綱)でひいて、丘の上のステーブル(厩舎)まで歩かせた。
 子馬たちも、母親から離れないように、必死になって母親のお尻に鼻先をつけて、ついてくる。
 六畳ほどの一部屋ずつ区切られたストール(馬房)の中に入ると、その場で円を描くように歩いて、また、馬房の外に出る。
 その瞬間、母馬のお尻と子馬の鼻先の間で、ピシャリとドアを閉めてしまうのだ。子馬だけを馬房に残して、親離し作業は完了。
 この瞬間から、子馬たちは自分の人生、いや、『馬生』を歩いていかなければならない。
 けれど……。
「そんなことを、突然、言われても困る!」とばかりに、子馬たちは、そりゃもう、鳴きわめいた。
 フン、ギュールルルルルー!
 フン、ギュールルルルルー!
「かーちゃ~ん」
「おし~ん~」
 フン、ギュールルルルー!

つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。http://web.hirokawamasaki.com/