中世のインクと刺さないハチの意外な関係(井手竜也/ハチ研究者)

 没食子インクで書かれた文字は紙に強く付着し、耐久性や耐水性に優れていたことから、公文書などにも積極的に用いられた。さらに、虫こぶから得られるタンニンは、インクの製造以外にも利用されており、皮のなめしや、医薬品としても用いられた。

 こういった利用価値の高さから、タマバチの虫こぶの一部は、中世における重要な交易品ともなっていた。18世紀には、ある種のタマバチの虫こぶ、約1000万個が、中東からキャラバンによってヨーロッパへと運ばれたとの記録もあるという。東大寺正倉院にも中東原産のタマバチの虫こぶが収められていることが確認されており、当時の記録から、奈良時代にはすでに日本にも持ち込まれていたことが明らかとなっている。

 虫こぶを作る昆虫はタマバチ以外にも知られており、タマバエというハエの仲間やアブラムシやキジラミといったカメムシの仲間などがその中心だ。アブラムシの一種によって作られるヌルデミミフシと呼ばれる虫こぶは、日本でも手に入ることから、古くはお歯黒の道具にも利用されたという。虫こぶやタンニンの多い植物を粉にした「ふし粉」と鉄成分を含んだ水を混ぜることで、没食子インクと同様のものが出来上がる。これを歯に塗って、お歯黒としたそうだ。

エゴノネコアシアブラムシ(左)とイヌツゲタマバエ(右)の虫こぶ(写真提供:井手竜也)
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 虫こぶに限らず、人は昆虫が作ったモノを様々な形で利用してきた。セイヨウミツバチから得られるハチミツや蜜蝋、カイコから得られるシルクなどはその代表的なものだ。特にセイヨウミツバチとカイコについては、養蜂や養蚕という形で、人による飼育技術の向上や品種改良が進められてきた経緯があり、これらは人にとって役に立つものを産み出す「有用昆虫」の典型となっている。

虫こぶの中で暮らすキジラミの一種(写真提供:井手竜也)
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