中世のインクと刺さないハチの意外な関係(井手竜也/ハチ研究者)

タマバチによって作り出される”虫こぶ”とは

 タマバチによる寄生は、成虫が植物の芽や葉、枝などに卵を産みつけることによって始まる。するとその産卵された部位に、ある変化が起こる。花や葉となるはずだった芽が綿花のようになったり、何もなかった葉や枝に果実のようなものが生えてきたりするのだ。これらは、タマバチが寄生することによって、植物の部位が作り変えられたもので、「虫こぶ(虫えい、ゴールともいう)」と呼ばれている。タマバチの虫こぶの中には、幼虫のための部屋のような構造が作られており、タマバチの幼虫はこの中で虫こぶの中身を食べながら成長し、やがて成虫となって外に出ていくのだ。

 タマバチによって作り出される虫こぶの形は実に多種多様だ。びっしりとトゲを生やしたものや、細かな毛でおおわれたもの、角のような構造がついたものなど、とても昆虫が作り出したとは思えないものも多い。こういった虫こぶの形は、多くの場合、タマバチの種ごとに決まっている。タマバチの中には、体長5mmのたった一匹の幼虫のために、大きさが5cm以上になるような虫こぶを作るものまである。そして、そういったタマバチの虫こぶこそが、没食子インクの製造に欠かせない材料なのだ。

タマバチによって作られる様々な形の虫こぶ (写真提供:井手竜也)
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 没食子インクの材料となる虫こぶには、タンニンが高濃度に凝縮されている。お茶の葉に含まれる渋み成分としてもよく知られるタンニンだが、虫こぶの中のタンニンも、虫こぶが作られた植物に由来するものだ。この高濃度のタンニンを虫こぶから抽出し、鉄成分と混ぜ合わせ、ろ過する。最後にアラビアガムという植物の樹脂を混ぜ、没食子インクが完成する。

没食子インクの材料としても使われたタマバチの一種とその虫こぶ(写真提供:井手竜也)
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