残念な英雄ハンニバル、「象でアルプス越え」の失策度

 しかし紀元前218年、ハンニバルはアルプスを突っ切ってローマに侵攻することを決断。5万の兵、9千頭の軍馬と荷役動物、それに37頭の戦象を従えてカルタヘナを出発する。彼がどのルートをたどったのか、確実な説はいまだにない。だが、行軍ルートについてほとんど情報のないまま駒を進めたのは、いかにもハンニバルらしい。ハンニバルの性急さはカルタゴ軍に勝利ももたらしたが、同時に最終的な失敗の種子にもなった。

 アルプス越えの途中、ハンニバルは兵の半数と軍馬や荷役動物の大半を失う致命的なミスを犯し、肝心なローマ攻略が不可能になった。彼は敵地に攻め込んだ優位を生かすことができず、15年間にわたってイタリアの田園地帯を荒廃させたすえ、カルタゴ防衛のためアフリカに戻ることを余儀なくされる。そして最後は、ザマの戦いにおいてスキピオ・アフリカヌスに完敗を喫した。

 今日、将軍としての彼の手腕を疑う者はいないし、ローマとの戦いにおいて彼に奇襲の利があったことは否定のしようがない。ただ不運にも、イタリアに着くころには兵の数は半分を割っていたうえ、連れていた象も片手で数えられるほどにまで減ってしまっていた。

 そうした損失の大半は、ハンニバル自身の不注意によるものだった。というのも、アフリカで生まれてスペイン南部で育ったハンニバルの知らないことが、アルプスには山ほどあったからだ。その一つが、悪名高い雪崩である。

スペインからイタリアに駒を進めたハンニバルのルート
[画像のクリックで拡大表示]

アルプス越えの代償

 次々と問題が持ちあがったのは、アルプスを下る行程に入ったときだ。下山ルートについてほとんど何の知識もないことに加え、地元の案内人たちがおよそ当てにならないこともあって、カルタゴ軍は登りよりもむしろ下りのほうがはるかに難儀だということを思い知らされる。道は解けかけた雪でぬかるみ、その下につるつる滑る氷が張っているという危険極まりないものだった。特に馬と象は容易に前に進めず、ずぶずぶと地面に沈み込んだ。

 アルプス山脈は世界一、雪崩が多い場所である。全世界で毎年100万回近く発生する雪崩のうち、実に半数がこの狭い地域で起きる。ささやき声で話さないと危険という谷が、アルプスには珍しくない。ほんのささいなことが雪崩のきっかけとなるアルプスでは、ハンニバルの行動はあまりにも無分別で、案の定、大きな雪崩を引き起こした。

 多くの人と動物が雪に埋もれ、雪崩から逃れようとして崖から転落する者もいた。生き残った者たちが自力で雪から這い出し、山を下るルートを見つけるのに、4日を要した。カルタゴ軍がアルプス山中に分け入ってから15日後、下山できたのは当初の5万人の半数にも満たない兵士たちと、ごくわずかな戦象と荷役動物だけだった。

次ページ:そして敗退・・・

おすすめ関連書籍

失敗だらけの人類史

英雄たちの残念な決断

人類が犯してきた失敗の数々をアダムとイブまでさかのぼって検証した書。聡明で経験豊かなリーダーたちは、なぜ判断を間違えたのか。

定価:本体2,600円+税