フランスの画家ユベール・ロベールが18世紀後半に描いた「ローマの大火」。
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 人類の歴史は「失敗の歴史」ともいえる。善意に満ちた人々の行動や判断がときに裏目に出てしまうこともあれば、権力や財産に固執した悪意のある人々が多くの人々を不幸に陥れる最悪の出来事もある。

 ナショナル ジオグラフィックの書籍『失敗だらけの人類史 英雄たちの残念な決断』は、そんな人類の「失敗」の数々を取り上げ、何を間違ったのか、その結果どうなったのかを解説する本だ。ここでは同書から、悪名高きローマ皇帝「ネロ」の物語を紹介しよう。現代に伝わるネロの言動ついては、それが真実なのか、ねじ曲げられたものなのか、議論の余地がある。ただ、その「暴君像」から我々が学ぶべきことは、たくさんあるはずだ。

皇帝ネロの人となり

 皇帝ネロは西暦54年から68年までローマを統治した。16歳で帝位に就いたが、それは母親のアグリッピナ(小アグリッピナ)の策動によるものといわれる。彼女は時の皇帝クラウディウスを説き伏せてネロを後継者に据えたうえ、皇帝を毒殺した。ネロが生まれたのは、キリストの磔刑から4年後の西暦37年。西暦53年にはクラウディウスの娘オクタウィアと結婚している。

 ネロが歴史に名を留めているのは、歴史家のタキトゥスによるところが大きい。タキトゥスは、燃えさかるローマの街を窓から眺めながら上機嫌で竪琴を奏でるネロの姿を印象深く描いた。タキトゥスは、ローマの3分の2を焼き尽くしたという西暦64年の大火を起こしたのは、ネロだと疑っている。街を焼き払って更地にし、自分が住まう壮麗な宮殿を建てたいという欲求に駆られてのことだと。

 確かに近年、タキトゥスが唱えたネロ犯人説の信憑性に疑問を投げかけようとする動きがある。しかし、ネロの性格を見ると、自分の望みを叶えるためには手段を選ばなかっただろうと思わせる要素に事欠かないのも事実だ。

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