第3回 やせるVR、泣けるVR、好きになってしまうVR

VRで現実を超えた体験を作ることに関心があるという鳴海拓志さん。
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 VR、人工現実感に、視覚や聴覚の情報だけでなく、匂いや味といった別の感覚をもたらす研究を学生時代に追究した鳴海さんが、博士号を取得したのちに最初に取り組んだのが、「拡張満腹感」だった。単純に感覚を変えるだけではなくて、行動に変化をもたらすことができるかどうか、ある意味、実用面を見越した研究となった。

「大きなお皿を使うだけで、人はいっぱい食べてしまうという心理学的な研究がありました。人は、『何グラム食べよう』って決めているわけじゃなくて、『お皿半分くらいでやめよう』というふうに決めている。だから皿の大きさによって食べる量が変わるんです。そこでVRを使ったら、もっと効果の大きいことができるんじゃないかと考えました。HMDをつけて食べ物をつかむと、食べ物だけが大きくなったり小さくなったりして見えるようにしました。お皿の大きさで食べ物の相対的な大きさを変えるのではなく、食べ物自体のサイズをいじるわけです。そうやってやると、実際に食べる量を1割ぐらい増やしたり減らしたりできるとわかったんですね」

 たとえばHMDをした状態でクッキーをつかむと、そのクッキーだけが大きくなったり小さくなったりして見える。これは典型的なVRというよりも、拡張現実感、AR的な技術だ(だからこそ、「拡張満腹感」だ)。12人の被験者に3日連続で来てもらい、HMDで食べ物を大きくする日、小さくする日、通常の大きさのままの日というふうにそれぞれ経験してもらったところ、はっきりと食べる量に違いがでた。被験者全員の平均で、クッキーを大きくした日は75.0g、通常の日は81.1g、小さくした日は91.9gだったという。

「拡張満腹感」。

 なお食べ物の大きさを変える時、つかんでいる手も一緒に見えているわけだが、不自然にならないようにうまく指の開き加減を変えるように操作しているそうだ。指がどれくらい開いているかというのは、クッキーを持っている触覚的なフィードバックよりも、視覚の方がある程度優先されるらしい。3日間の実験の後で、「3日間で、何か違うことがありましたか」と聞いて、大きさのことを答えた人は1人もいなかった。

「おもしろいなと思ったのは、感覚を作ってあげると行動が変わるってことなんですよね。つまり、本人は無自覚で、大きくなったってことにも、小さくなったことにも、まったく気づいてないのに食べる量が変わっているわけですから」