第2回 「匂いと味が変わるVR」から「やせるVR」へ

 東京大学大学院情報理工学研究科の廣瀬・谷川・鳴海研究室の鳴海拓志講師は、ヴァーチャルリアリティ(人工現実感、略してVR)の研究者だ。

 昨年(2016年)は、VR元年とも呼ばれ、現在、家庭でも気軽にヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使ったVRコンテンツが楽しめるようになっている。そんな中で、最先端のVRを研究する鳴海さんの研究室は、様々な研究テーマを同時に進行させて繁忙のきわみ、といった状況に見える。

 とはいえ、鳴海さんが扱うVRは、ぼくたちが今、家庭で楽しむものとはどこか違う。HMDを装着して、基本的には視覚と聴覚に呈示される刺激で「人工現実感」を楽しむのが今のVRの基本形だとして、そこからかなり逸脱している、というか、尖っている。

東京大学大学院情報理工学研究科の鳴海拓志講師。
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「僕の研究を大ざっぱに言うと、たしかにヴァーチャルリアリティの研究ではあるんですが、今のVRって、やっぱり視覚と聴覚に偏ってると思うんです。でも、我々は普段、触れるとか、匂えるとか、味わえるとか、五感をフル活用しているわけで、その五感をどうやったら人工的に出せるかというのが出発点にあります。そのために、人が世界をどう感じているのか、感覚の仕組みがどうなっているのかとか、ちょっと根源的なことを探りながら、それをうまく使って、現実と同じようなもの、あるいは現実を超えた体験を作ることに関心があるわけです」

 鳴海さんは自分の研究の方向性を、お話の最初の時点で大づかみにまとめてくれた。

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 ぼくが実際に体験した「無限階段」(視覚と触覚の相互作用を利用したクロスモーダル研究)や「扇情的な鏡」(鏡に映った自分の顔を笑顔や悲しい顔に微妙に変化させることで「情動・感情を作る」身体化情動の研究)は、大枠ではこういった関心の範囲に収まっているようだ(第1回参照)。

 ただし、いきなり聞かされても、わからない部分が多い。感覚の相互作用で一風変わった現実感が出せるというのは確かに人工現実感の研究と思えるが、「情動・感情を作る」研究もやはり人工現実感なのだろうか。ぼくたちの感情というのは「現実」なのだろうか、とか素朴な疑問も浮かんでくる。これは、「現実」とは何かと深く考え込まざるを得ない根源的なテーマにつながっている。工学をきわめていくと、哲学的な問題に行き当たるのはよくあることで、今回もきっとそんなことになる予感がする。

 さて、こんなに「遠く」旅をするかのような研究に、鳴海さんはどうやってたどりついたのだろう。