この世とあの世の間に… 幽霊城と人形島

 科学が発達した現代でもなお、幽霊や死後の世界の存在を信じる人はいる。また興味本位にせよ、いかにも幽霊が出そうな寂しい廃墟やミステリースポットを訪れる人々は後を絶たない。ナショナル ジオグラフィックの書籍『世界の果てのありえない場所』にも、そんな奇怪な場所、心霊スポットがいくつか登場する。今回はその中から、「レップ城」と「人形島」を紹介しよう。

世界一の幽霊城

幽霊が出るとして有名になったレップ城。(写真:Michnessiest )
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 レップ城ほど多くの超自然的な暗示を秘めた館は、世界のどこにもない――詩人であり美術評論家、また作家でもあるサチェベレル・シットウェルは、1936年にこう明言している。サチェベレルは英国の文壇や社交界で名を馳せたシットウェル3姉弟の末弟だ。彼らは英国ダービーシャーに建つジェームズ1世時代の堂々たる城、レニショウホールの所有者だった。陰気なたたずまいと幽霊が出ることで有名な城である。そんなサチェベレルの口から出たこの発言は、まさに賛辞といってよいだろう。

 この城の名は「Leap」と書いて「レップ」と発音する。アイルランドのオファリー州ロスクレアの北、標高194メートルほどの小高い丘の上に建つ。かつて戦略上の重要なルートだったマンスターとレンスターを結ぶ街道上にある。

 1649年にオリバー・クロムウェル率いる軍隊がアイルランドを占領するまで、この地方全域はその残忍さで恐れられていたオキャロル一族が支配していた。一族同士で激しく反目し合い、血で血を洗う抗争を繰り広げていた。一方でオキャロル家は絶大な権力を握っており、「領主様にはヘーゼルナッツの木さえも身をかがめる」といわれるほどだった。

レップ城は、アイルランド中部のオファリー州にある。
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 現存する建物は15世紀に建てられたものだ。「城館」と呼ばれる建築で、要塞風の堅固な居城である。レップ城の壁は場所によっては厚さが4メートルあり、メインの建物は四方を塀に囲まれた敷地の中に建てられている。

 レップ城は18世紀後半、ゴシック風に改装され、ますます重厚さを増した。その頃、城はダービー家の手に渡ってすでに1世紀あまりが経っていた。アイルランド侵略戦争の時、クロムウェル率いるニューモデル軍(議会派)の将校だったジョナサン・ダービーが、その働きに対する報酬としてレップ城を与えられたのだ。

 1803年に出版された旅行ガイド『アイルランド名所一覧』では、レップ城について「ダービー氏が所有する最も美しい館、見事な城、そして壮大な領地や農地、牧場」と書かれている。しかし、幽霊について何も触れられていないので、かえって目を引く。だがそれから100年後、レップ城の“不可解な亡霊”の話は続々と世間で語られるようになり、噂は世界中に広がった。それには当時の領主夫人ミルドレッド・“ミリー”・ダービーの功績が大きかった。ミリーは幽霊を目撃した自分の体験をオカルト風の物語に仕立て、大衆向けの雑誌に掲載したのだ。

 ほかの家族たちの目撃談もある。それによれば、召使いや客たちの姿をした怪しい影が館じゅうをさまよっていたという。頻繁に目撃されたのは頭頂部を剃髪した黒い僧衣の修道士や、赤いドレスの女、二人の少女、緑色の服を着た厳めしい男などだった。城を訪れたある牧師はまた別の亡霊に襲われた。その幽霊は、ベッドでうとうとしているとやって来る。すっと体を持ち上げられ、あっけにとられていると床に下ろされて、そのまま毛布とシーツでグルグル巻きにされてしまうのだという。

 身の毛のよだつ話はほかにもまだある。誰もいないはずの部屋の窓に奇妙な明かりが灯り、ある部屋では木の床に血痕が現れたり消えたりする。犬たちが突然激しく吠え出す。奇妙なことに城の馬たちは凍り付いたように動かなくなり、底知れぬ恐怖に襲われたメイドたちは部屋に入ることをいやがった、などと伝えられている。

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