第6回 なぜ薬物使用疑惑をスクープにしてはいけないのか

 なお、松本さんたちは、こういったガイドライン試案を作る際、世界保健機関WHOが2000年に定めた自殺報道のガイドラインを意識している。20世紀末に、自殺報道の仕方によっては、さらなる自殺者が増えることが見い出され、そういった知見にもとづいてWHOが策定した。日本では、厚生労働省から「WHO 自殺予防 メディア関係者のための手引き」として公表されている。これ自体、報道の現場でもまだ徹底されているとは言い難く悩ましいのだが、国連機関が作成し、厚労省が訴えかけるという意味で、非常に正統なものに思える。

 でも、薬物報道の国際的なガイドラインというのはまだない。また、あったとしても、日本固有の事情が大きすぎて直接応用できないかもしれない。徹底的に薬物を忌避し、厳しく取り締まるがゆえに、ごくごく一部の人の乱用に留まる一方で、ひとたびはまり込むと脱出できなくなる日本独特のカルチャーに問題の根があるかもしれないからだ。この部分は、ぼくたちの社会の現状に応じてカスタムメイドするしかない。

「あくまでも、たたき台のたたき台です。私たちから一方的に伝えるんじゃなくて、マスメディアの人たちと一緒に話し合いながら、勉強会なども開きながら、いいものをつくっていきたい。マスメディアこそ市民を啓発するのにすごく大きな武器を持っていることを自覚して、専門的な知識や薬物依存からの回復の情報を織り込んだ伝え方をすることで、大きな変化を起こしうると理解してほしいんです」

 松本さんは、医師として患者の治療を考えるうちに、医療を地域でのプログラムにつなげる必要性に気づいた。そして、今、メディアの理解も必要だと訴える。医療、地域、マスメディアが、それぞれの役割を果たし、我々の社会にとって最適なところがどこなのか探っていけるならばよい。それができると松本さんは信じているし、ぼくもそう思う。

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おわり

松本俊彦(まつもと としひこ)

1967年、神奈川県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年、佐賀医科大学医学部卒業。国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部などを経て、2004年、国立精神・神経センター精神保健研究所に入所。2015年より現職。『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)などの著書や、『SMARPP-24 物質使用障害治療プログラム』『よくわかるSMARPP あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)『大学生のためのメンタルヘルスガイド 悩む人、助けたい人、知りたい人へ』(大月書店)『中高生のためのメンタル系サバイバルガイド』(日本評論社)などの共編著書多数。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。