第6回 なぜ薬物使用疑惑をスクープにしてはいけないのか

 たぶん、報道関係者も、自分たちの報道が、治療中の患者に大きな影響を与えることは、言われないと気づかない。そして、薬物を使用した人が犯罪者であるだけでなく、患者でもあるということに気を配り、報道されている本人以外にも薬物依存に悩んでいる人やその家族がたくさんいることにも思いを馳せ、回復への入口や道筋なども示すことが、大事だとこのガイドライン試案では述べている。

依存症の背景には社会の闇がある。
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 また、「依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっている」というのも、メディアにとっては、今後、掘り下げるべきテーマではないだろうか。個人に帰着する「心の闇」ではなく、社会的な闇が、背景にあると示唆されているのだから。

 一方で、避けるべきこととは──

・「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと
・薬物への興味を煽る結果になるような報道を行わないこと
・「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと
・薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと
・逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと
・「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと
・ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと
・「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと
・家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと

 こちらは、いわゆる「するべからず」集であって、知っていれば簡単に実現できると思われるかもしれない。しかし、メディアにとって難易度が高いことも含まれる。たとえば、「スクープ」にするなと言われても、最初に知ったメディアは、視聴率や部数やページビューを稼ぐためには、むしろ積極的に「スクープ」にしたがるだろう。方針を変えてもらうには、むしろ、「そういったスクープはノーサンキュー」と視聴者、読者が態度を示す必要があるかもしれない。卵か先か鶏が先か、という議論になってしまうが、ひとたびそのようなトレンドが生まれれば、多くのメディアが追従する。