松本さんは、日本ではじめての薬物依存に特化した治療プログラムを開発し、普及させてきた立役者だ。臨床現場の医師として多くの症例に出会い、治療の仕方そのものを構築していく活動の中で、世間ではまず犯罪者と認識される薬物乱用者が、依存症に悩む患者であると強調してきた。それゆえ、マスコミが語る単純な「心の闇」のストーリーや、「信頼を裏切った」「いい加減にしろ」といった非難を苦々しく思っている。

 なぜなら──

日本における薬物依存症治療と研究のパイオニアである松本俊彦さん。
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「まさにそういう取り上げ方って、薬物依存で治療中の人たちにとって悪い影響があるんです。話題になっている当人はもちろんそうですし、今、立ち直ろうとしている他の人たちが報道に接して再使用してしまいかねない。依存症にかかっている人って、みじめさや情けなさ、恥ずかしさや自己嫌悪を自覚した瞬間に、『シラフではいられない』渇望のスイッチが入ってしまいます。『こんなやつは消えてしまった方がいい』と思って、自暴自棄になって、これまでの何倍もの覚せい剤を使ってしまったりすることもあります」

 スイッチが押されるきっかけは、もちろん報道だけではない。医師もふくめた世間の目も厳しいし、親しい友人や家族も、最初は親身でも、やがて怒り、呆れ、離れていく。孤立し、自己嫌悪に陥った患者は、やがて追い詰められ、ちょっとしたことをきっかけに、断とうとしていた薬物に手を伸ばしてしまう。

「そもそも、今の日本みたいに、薬物に忌避的な感情がある国で、あえて乱用に走る人たちって、どんな人たちだと思います?」

 松本さんは問うた。

 きっかけは何かわからないけれど、続けてしまうのは「意志が弱いから」というふうに思われがちだ。本当に「意志」の問題なのだろうか。

「意志が弱いから依存症になったというよりは、むしろ我慢強い人が多いんです。しんどい時に、あちこちで愚痴を言えれば、メンタルヘルス的にはいいけど、愚痴をこぼさず、人に頼ったりせずに、酒1本、薬1本で何とか乗り切ろうとする人。そういった人たちがやっぱり依存症になりやすいんですよ。彼らが人に頼らないのにはわけがあるんです。多分、これまでの人生の経験の中で、人は信じられないとか、人は裏切るよなって経験をしてる。学術的なエビデンス(証拠)としてはっきり出ているのは、例えば女性なんかは、小さいときに性的な虐待を受けていたり、男の子なんかでも、アル中の父親からの暴力を受けてたりとか、多くの傷つき体験を持っている人たちが、薬物依存になるリスクが高いんです」

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