第5回 「男脳」「女脳」のウソはなぜ、どのように拡散するのか

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「これ、2014年の『プロスワン』誌に科学コミュニケーションの研究者たちが書いたものです。まず、注目した論文というのが『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』に出たfMRIを使った脳研究で、脳の中のネットワークが、女性は半球“間”のつながりがやや強くて、男性は半球“内”のつながりが強い傾向があるというものでした。その後、論文からプレスリリースになり、ニュースにとりあげられてブログの記事になり、ニュースのコメント欄、ヤフコメみたいなところにいくにつれて、本来は『結合パターンに統計的な差が見つかった』って話なのに、『女性はマルチタスクにすぐれていて、男性は難しい課題に集中することができる。だから女性は家にいて家事をやるのが得意で、男性は外で仕事をするのがいいということがわかり、報告された』になってしまうと。いかに細心の技術と知識を使って、2群の差をあらわそうとして、単純化できないような差を見つけたとしても、そんなのは社会に必要とされていないんだなあと思い知らされます」

 四本さんは、「自分にとっての赤が、他人にとって赤だと証明するためにはどうすればいいか」と考えるような子どもだった。たぶん、現時点でも、その回答はない。今後のことはわからないけれど、目下のところ、サイエンスが適切な回答を与えることができない、哲学上の問いになっている。

 けれど、目の前にある面白いことに夢中になるうちに、ここまでやってきた。視覚の研究から始まり、我々が時間をどう知覚するかという難問に真正面から取り組み(時に、退屈な会議を短く感じる方法に思いを馳せ)、いくつもの知覚をまとめあげる多知覚統合の仕組みを解明しようとする。

 科学的であろうとすると、大風呂敷を広げるの自制して、地味になる。にもかかわらず、こと脳神経については、自分の研究がすぐに「神話」に組み込まれてしまう可能性と常に隣り合わせだ。では、どう伝えればいい?

 四本さん自身もジレンマを抱えているわけだが、何時間もお話をうかがって、今、この原稿を書いているぼくにしてみても、やはり大いなるプレッシャーを感じざるを得ない。

 さて、ここまで読んでくださったみなさん。

 この連載は、地味だけど充分に知的好奇心を刺激しましたか? それとも、「はっきりした結論を出さない」がゆえに、もどかしく不親切なものだったでしょうか。

 前者なら、いいなあと、心から願う。

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おわり

四本裕子(よつもと ゆうこ)

1976年、宮崎県生まれ。東京大学 大学院総合文化研究科 准教授。Ph.D.(Psychology)。1998年、東京大学卒業。2001年から米国マサチューセッツ州ブランダイス大学大学院に留学し、2005年、Ph.D.を取得。ボストン大学およびハーバード大学医学部付属マサチューセッツ総合病院リサーチフェロー、慶應義塾大学特任准教授を経て2012年より現職。専門は認知神経科学、知覚心理学。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。