第4回 衝撃的なオランウータンとの出会いと深まる不思議

 やたら時間がかかるオランウータンの研究の道を選び、博士号取得直後、10年間は大きな成果は得られないかもしれないと分かりつつも、みずからオランウータンの研究地を拓いてしまった久世さんは、共同研究者にして盟友、金森朝子さんとともに、「なんでそこまでやるの?」というくらいの情熱をもって突き進んできた。

 そもそものきっかけは何だろう。時間を遡って、久世さんの大学生時代から。実は最初からオランウータンをやろうと決めていたわけではないのだという。

オランウータンとの初対面は「衝撃的でした」と久世さん。
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「大学で専門的に勉強するなら、中型大型のほ乳類をやってみたいと思っていたんですが、まだインターネットで自由に情報が手に入る時代ではなくて。東京農工大で、結局、農村地帯の水棲昆虫を調査して卒論にしました。でも、正直、昆虫には愛情を持てなくて、不完全燃焼でした。対象に愛着が持てるものを研究したいと思って、大学院の修士課程に行こうと思ったんです。その時には、ようやく研究室によってはホームページを持って『うちはこんな研究をしてます』と紹介していたので、東京工業大学の幸島司郎先生に話を聞きにいきました」

 久世さんが大学生から大学院生の時代を過ごした90年代は、日本におけるネット草創期で、1年ごとにどんどん状況が変わっていった。たまたま、東工大の幸島研究室のサイトを見てしまったがゆえに、久世さんの運命は大きく変わり始める。

 幸島司郎教授(現・京都大学野生生物研究センター長)は、「とにかくこの動物を研究したいけれど、ほかの研究室では受け入れてもらえない!」というような学生の最後の砦として知られていた。「どうせ金にならないし、就職にもならないんだから、好きなものをやれよ。それでも動物の研究をするやつは、人類の宝だ」という決め台詞で、少なくとも数十人単位の学生の未来を、波乱万丈なものにした人物である。たまたま直接の交流があるため、幸島教授のキャラを少しは知っている。

 訪ねてきた久世さんに、当時、幸島さんは、やはり、例のきめ台詞を述べた後で、「で、なにをやりたいんだ」と聞いた。

「そこで、私、ぽろっとオランウータンと言っちゃったんですよね」というのが、久世さんにとってすべての始まりだった。

本誌2016年12月号でも特集「オランウータン 樹上の危うい未来」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。