第2回 伝説の大洪水と巨人、竜は実在したか

 世界各地の神話や言い伝えには、共通するテーマがある。西洋と東洋、あるいは新大陸のように遠く離れた所であっても、竜や大蛇と戦う勇者の話、人を食う巨人の話などが伝えられている。人間が観念的に生み出した想像上の怪物が、偶然、世界各地で同じように描かれたのだろうか。それとも遠い過去の人類には何か共通の体験があって、それがおぼろげな記憶とともに各民族に伝承されてきたのだろうか。

古代ギリシャのかめに描かれた絵。ユリシーズと仲間が、巨人ポリュペモスの一つしかない眼をえぐっている。(Ulysses and his companions gouging out the eye of the Cyclops Polyphemus,illustration from an antique Greek vase, 1887 (color litho), French School(19th century)/Bibliotheque des Arts Decoratifs, Paris, France/Archives Charmet/Bridgeman Images)
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 大洪水も民族の伝承に共通するもう一つのテーマだ。聖書のノアの方舟伝説のような洪水経験が世界各地で伝えられている。こうした神話や伝説の真偽を科学的に検証しようという活動はあるのだろうか。実は大洪水に関しては、多くの科学者が実際に過去に起きた出来事であると認めている。最終氷期が終わった後、地球が温暖化していくにともない、地中海の水位が上がり、当時、淡水湖だった黒海に流れ込み、一気に水位を上げる大洪水が発生したらしいのだ。その洪水があまりにも激しかったため、世界各地に伝わり、さまざまな逸話を生み出したとみられる。科学者にとっての課題はその時期や規模の推定である。

 1993年、米コロンビア大学の地質学者ウィリアム・ライアンが率いる調査隊は、黒海の海面下120mの所に大昔の海岸線と砂浜の跡を見つけたと発表した。ライアンらは大洪水によって16万km2にも及ぶ広大な農地が失われたと推測した。地中海とマルマラ海からトルコ側の陸地に膨大な水が流れ込み、近隣の町が洪水に吞み込まれたのだという。

 しかし、最近の調査からは別の見方が有力視されつつある。海底の化石を調べると、それほど激しく掻き回されたり、壊されたりはしていないというのだ。この点に注目して調べると、黒海の水位の上昇は10mほどにすぎず、ライアンたちの説ほど破局的な大洪水ではなかったことが明らかになりつつある。

 さらに、ライアン説を土台から揺るがしたのは、米ウッズホール海洋研究所の海洋地質学者リビウ・ジオサンたちの研究グループだ。ジオサンたちは、洪水に見舞われた地域で採取した軟体動物の殻の化石を炭素年代測定で調べた。この結果を踏まえた2009年の発表によれば、聖書が伝える大洪水どころか、洪水そのものの証拠さえなかったと断言したのだ。

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