Episode1 キャプテン・クックが見落とした海域

 1778年、アメリカ西海岸。
 天候の悪い暗闇の中を、イギリス海軍士官であり、海洋探検家のジェームス・クック(キャプテン・クック)を乗せたレゾリューション号が、ゆっくりと航行していた。
 向かうは、ファン・デ・フカ海峡。
 現在のカナダ、バンクーバー島とアメリカ最西端オリンピック半島の間にある海峡である。

 その186年前となる1592年。
 この海峡を通過したと主張し、海峡に名を残したギリシャ人航海士が、帰国後の土産話としてこう吹聴した。
「ファン・デ・フカ海峡には、金銀、真珠に溢れた美しい島々が多く存在している」――と。
 しかしそれは、長い間、信憑性のない伝説のようなものでしかなかった。

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 クックの目的は、なるべく正確な海図を製作することである。
 当然この話も知っていた。
 ところが、あろうことか、クックはこの海峡を見落としてしまうのである。
 彼の日誌には、こう記されている。 
「何も見えないし、そのような島々が存在する可能性すら感じない」
 そして、慎重な確認もせずに、現在のバンクーバー島の外側を航行し、アラスカに向かってしまうのである。
 よって、クックが記した海図には、このファン・デ・フカ海峡が描かれていない。
 が、この海峡を入り口とするアラスカまで続く沿岸は、長い長い氷河期の間に形成された、美しい景観が並ぶ、北米最大のフィヨルド地帯だったのだ。
 そしてその内側には、太平洋からの強風と荒波から船を守ることができる、安全な水路が存在していたのである。 
 現在この水路は、フェリーなど船舶の航行を守る内側航路(インサイドパッセージ)として開発され、海上運送において重要な航路となっているのである。

 クックはその後、アラスカからハワイに渡り、そこで先住民とのいざこざに巻き込まれて命を落としてしまう。
 地球を大舞台とした3回にも及ぶ大航海のなかで、クックにはもはや驚くべき風景などなかったかもしれない。
 が、伝説のままのファン・デ・フカ海峡に確認の帆を進めなかったのも、アラスカ沿岸部内側の水路の可能性を探求しなかったのも、探検家として、または海図製作者として、プロ意識に欠けた瞬間だったのではないだろうか。

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