Episode1 キャプテン・クックが見落とした海域

 出航地はバンクーバー。
 この船の船長は、スクール校長のボブ。
 セーリングの世界では、キャプテンのことをスキッパーと呼ぶので、これからは、スキッパー・ボブと呼ぶことにする。
 そして、スキッパー・ボブ一家の愛犬、アメリカン・コッカー・スパニエルのオス「ルカ」と私、数人のクルー生徒が乗り込むことになった。

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 ルカは、この年9歳。
 人間の年齢にすると、50歳ぐらいで、結構なオジサン犬であるが、知能は人間の3歳児ほどで、私は時々、まるで幼児を連れているような錯覚を覚える犬だった。
 私が操船を習いはじめた頃、ルカはまだ仔犬から若犬になる途中で、やんちゃ盛りだった。
 最初は、海に出ると、船の縁から見える水面と陸との違いが分からずに飛び降りて、何度も海にドボンとなったことがあった。
 が、今では立派なセーラー犬である。
 帆が風を受けて船が走りだすと、船首の方に行ってちょこんと座り、コッカー・スパニエル独特の大きな耳をはためかせて、風を楽しんでいる。
 その姿は、まるで両手を広げた「ひとりタイタニック(デカプリオ映画)」のようで、私はその後ろ姿を見ているのが好きだった。

 私たちが乗る船の大きさは、37フット(約11メートル)。
 船舶の世界では、全長を表すのに、複数形のフィートを使わず「フット」と言う習慣があるので、英語に慣れている人には、少し違和感がある呼び方だ。
 このくらいの大きさの船になると、簡易的だが、トイレもシャワーも台所も付いている。
 なので、これからは船の中で料理をして、狭いキャビンの中に寝袋を敷いて寝るという、いわゆるキャンプのような生活になるのだ。

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 そして、ちょっと厄介だったのは、この船にはオートパイロット(自動操舵)が無いことだった。
 今の時代は、長距離航海に限らず、操船者の疲労軽減のために、自動操舵を使った楽チン航行をする人が多い。
 例えば、「ヨットで太平洋を横断する!」と言うと、まるでもの凄い冒険のように思われがちだが、実際のところは、ほとんど自動操舵で航海していて、船内で体を横にして揺れを我慢することと、長い長い退屈な時間を耐えることが本業のようなものである。
 しかしながら、大航海時代は、もちろん自動操舵が無いために、交代で舵を握り、交代で見張りを立てなければならなかった。
 今回の旅は、まさに大航海時代と同じ。
 自分たちで舵を持ち続け、自分たちで見張りながらの航海になる。

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