Finale 故郷を持たない鮭たち

前回まで:私が最初にカナダに渡ったときから見てみたいと強く願っていた白い熊「スピリット・ベア」。いまはプリンセス・ロイヤル島の東側が観光化され、誰でも簡単に見られるようになったが、自然な生態を確認したかった私は島の西側に船を進め、上陸できる場所を探して深いインレットに入っていった。

 アンカリングをしたサーフ・インレットの奥の小さな湾には、熊が好んで食べるベアグラスと呼ばれる草が生い茂っている。
 辺りを歩き回り、熊の足跡や、草を食べた形跡がないかを確認してみることにした。
 すると予想通り、熊の糞を発見した。
 私はアラスカなどで、「熊の糞と遭遇」という経験を多くしているので、ちょっとのことでは驚かないが、その糞は、今まで見たこともないくらいに、立派なモノだった。

 糞の状態から、あまり日にちが経っていないように見えた。
 辺りを注意深く見渡すと、沿岸の木々の茂みの下に、ぽっかりと大きな穴が開いたような場所があった。
 これは、誰が見ても熊の寝床である。
 私は、そろりと遠くから覗き見ようと試みた。
 すると、手前に生えていた大木に、紙が貼られてあることに気付いた。
 そこには、「スピリット・ベアの生態調査中により、近づくべからず」と書かれてあった。
 どこかの学者たちが観察しているのだろう。そう書かれてあるということは、この巣穴はスピリット・ベアのものであることに間違いはない。
 私は足を止めて、後ずさりするようにその場を立ち去ると、船からタイムラプス撮影ができるカメラを持って戻ってきた。
 彼らの生態調査の邪魔にならないように、遠くからの撮影になるが、この寝床にレンズを向けてカメラを木に括り付けた。
 ここには、二日しか滞在できない。その二日間を、一分間隔で撮り続けることにする。

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 次の日、スピリット・ベアの寝床の観察はカメラに任せて、私は伐採の進む森へと行ってみることにした。
 一応の用意として、熊除けスプレーと、船の常備品である救難信号を打ちあげるためのピストル形の発炎筒を腰に付けた。
 ルカは、船に置いていく。
 伐採のために作られたロギンロード(木の切り出し道路)を歩き、森の奥へと進んだ。