第3回 激しい潮流との闘い

 アギヤー(追い込み漁)を行うウミンチュたちは、洋上であれ、漁港に帰港した際においても、常に寡黙でもの静かな佇まいであった。長きにわたりウミンチュに密着してきたのは、私自身、彼らの穏やかな人となりに、知らず知らずのうちに引き込まれていたからかもしれない。

 次々と展開する複雑な作業を、いつもと同じように淡々とこなしていくウミンチュたち。たやすいように見えても、自然界は常に変化する。とくに潮流は手強い相手だろう。

袋網までグルクンの稚魚を追い込む ウミンチュたち。(撮影:中村征夫)
[画像のクリックで拡大表示]

 ウミンチュたちは主に沖縄の県魚「グルクン」 の成魚を漁獲するが、漁協からカツオ漁の生き餌用にグルクンの稚魚の捕獲を頼まれることもある。4~5センチほどの稚魚は、群れでサンゴ礁の周辺を回遊する。危険が迫ると素早くサンゴの合間に身を隠す。

 この稚魚漁を取材したときのことだ。通常のアギヤーとは違い、水深は深くても10メートル足らずの海域であった。次々とウミンチュは海に飛び込み、袋網、そして魚を誘導する袖網を張っていく。

 サバニに残っているのは私だけになった。2台の水中カメラを手に、吃水線が高いサバニから滑り降りるように海中に入る。

 間近に袖網、はるか向こうに袋網が見え、ウミンチュの姿も確認できた。ところが、みるみるうちに袋網が接近してくる。あっと思う間もなく潮流に流され、私の体は袋網の上を通り過ぎていく。

「まずい!」

 正直撮影どころではなかった。慌てて袋網まで泳ぎ寄り2カット撮影したが、その間に体はどんどん袋網から離れていく。

 撮影を中断し、とにかくサバニに戻ることにした。海中ではウミンチュたちが、スルシカー(脅し棒)を持ってグルクンの稚魚を追い込んでいる。その模様をかろうじて3カット撮影し、サバニに向け懸命に泳いだ。

 途中で息が切れそうになった。パニック寸前だった。なんとかサバニにたどり着き、水中で呼吸を整えた。

 そのとき、潮流に逆らいサバニに戻ってくるおじぃがいた。福里健三(83歳)だった。右脚は潜水病に侵され自由が利かないため、フィンは左足しか履いてはいない。私と同じ素潜りなのに、潮流をものともせずぐいぐいとサバニに近づいてくる。プロの力量に脱帽するばかりだった。

潮流をものともせず泳ぎ続ける福里健三。(撮影:中村征夫)
[画像のクリックで拡大表示]

遙かなるグルクン

水中写真の第一人者、中村征夫が魅せられた沖縄の伝統漁と海の男の世界、初の書籍化!

後継者不足で消えかかっている、沖縄の県魚「グルクン」を追う伝統漁「アギヤー」。写真家・中村征夫が密かに黙々と30余年撮り続けた、伝統漁のすさまじさと美しさを描き出す貴重な時代のドキュメントを初めて公刊。

●中村 征夫 著
●サイズ:天地228mm×左右242mm、144ページ、ハードカバー
●定価:本体3,400円+税

ナショジオストア アマゾン 楽天ブックス

中村 征夫(なかむら いくお)
1945年秋田県昭和町(現・潟上市)生まれ。19歳のときに神奈川県真鶴岬で水中写真を独学で始める。撮影プロダクションを経て31歳でフリーランスとなる。
1977年東京湾にはじめて潜り、ヘドロの海で逞しく生きる生きものに感動、以降ライフワークとして取り組む。数々の報道の現場の経験を生かし、新聞、テレビ、ラジオ、講演会と、さまざまなメディアを通して海の魅力や海をめぐる人々の営みを伝えている。
2009年秋田県潟上市にフォトギャラリーブルーホールを開設。主な著書に『全・東京湾』『海中顔面博覧会』(以上、情報センター出版局)、『海中2万7000時間の旅』(講談社)などがある。主な受賞歴に、第13回木村伊兵衛写真賞、第28回講談社出版文化賞写真賞、第26回土門拳賞、2007年度日本写真協会年度賞などがある。