第5回 恐竜を研究する意味

中学時代に吉澤先生と採集したアンモナイトの化石。これが私の人生を変えた。
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 いったい何のために恐竜を探し出し、研究をしているのか。恐竜研究は、どのような形で人のためになっているのか。どんな人たちのためになっているのか。そもそも人のためになっているのか・・・。
 私はよく自問する。

 そのきっかけとなっているのは、父からもらったある教訓だ。「自己満足の研究になっていないか。常に人のためになっているかを考えろ」。これは、私の恐竜研究の後押しになっている。
 たまに実家に帰ると、生真面目な性格で、曲がったことの嫌いな父は、いつもこの言葉を発する。恐竜の研究は話題性があって、華やかかもしれない。でもそれは、人のためにならなければ意味がないと。
 もちろん、その答えは用意しているつもりだった。「恐竜は子どもたちに夢を与える」「恐竜はサイエンスの楽しさを伝える」「恐竜研究は進化メカニズムの解明につながる」などなど・・・。父はいまいち納得していなかった。

入り口はアンモナイトの化石

 初めて化石採集に行ったのは、中学生の時だ。理科クラブの活動の一環で、担任の吉澤先生が連れて行ってくれた。もともと理科は好きだったので、そのクラブに所属したのだ。私は福井県出身で、高校卒業まで福井で暮らしたが、吉澤先生が「福井県では、アンモナイトや三葉虫の化石が採れます」と教えてくれた。化石に興味がなかった当時は、「へ〜」というくらいにしか思っていなかった。

 初めてアンモナイトの化石を採りに行った日のことは、今でも鮮明に覚えている。周りの人たちは化石をたくさん見つけているのに、自分だけが見つけられない。悔しかった。帰り道、吉澤先生に「もう一度連れて行ってください」とお願いした。後日、同じ発掘地に戻り、必死に探した。
 ハンマーでいくら石を割っても、化石が出てこない。見つからない。腕に疲れを感じ、自分には才能がないと思いはじめた。その時、「小林君、割れば割るほど、見つかる可能性は上がりますよ」と、吉澤先生が声をかけてくれた。なるほど、と思った。すると、ハンマーを振る力が湧いてきた。

 これが、私が化石の世界に足を踏み入れた瞬間だった。この瞬間の延長線上に、現在の自分があるように思う。あの時諦めていたら、もう一度連れて行ってくださいとお願いしなかったら、今の自分はいなかっただろう。もしあの時、周りの人たちと同じくらいアンモナイトの化石を見つけられていたら、「こんなもんか」と興味も湧かなかったかもしれない。