第12回 世界はこれからどうなるだろう

 僕の専門はシミュレーション。世界を簡潔にモデル化し、それを使って未来を予測するのが仕事だ。しかし、シミュレーションは魔法ではない。たとえ京コンピュータのようなスーパー・コンピューターを使ったって、未来を完璧に予測することは不可能だ。じゃあ、シミュレーションは単なる幻想で、なんの役にもたたないんだろうか。いや、そんなことはない。正しい向きあい方をすれば、シミュレーションは確かに役に立つ。

 シミュレーションとは何かと人にたずねられたとき、僕は「仮定によって絞り込まれた未来予想図だ」と答える。未来には無限の可能性がある。いわばそれは、無数のパラレルワールドだ。僕ら科学者は、仮定を組み込むことによって、パラレルワールドを絞り込んでいく作業をしている。そのようにして選びとられたパラレルワールドを可視化する作業、それがシミュレーションなんだ。

 仮定とシミュレーションの関係について、温暖化予測を例に考えてみる。温暖化予測は、仮定とシミュレーションの共同作業でできている。たとえば、西暦2100年の世界人口が何人になるか、タイムマシンを持たない僕たちに、正確に予測する手段はない。それでも、だれかの予想に基づく世界人口を、シミュレーションの入力値として使うしかない。それは、「将来の世界人口がこの予想のとおりだとすれば」という仮定を組み込むということだ。次に、未来の人々は、ひとりあたりどのくらいの二酸化炭素を出すだろうか。これについても正確な値は分かるわけないんだけど、だれかの予想をシミュレーションの入力値として使う。これも新たな仮定の導入だ。このような作業を繰り返してできた仮定のかたまりである未来予想図を、シナリオと呼ぶ。シミュレーション予測は、このシナリオが現実に起こると仮定した場合の未来の姿を、計算によって数字で表現する技術なのである。

未来の人口は何億人だろう。いくつかの予想のなかから、どれかを選ぶ。そのとき、ひとりひとりはどのくらいの二酸化炭素を出すだろう。これについてもどれかを選ぶ。僕らシミュレーションの研究者がやってることは、ぶっちゃけシミュレーションゲームとよばれるテレビゲームとよく似ている。違うのは、仮定を選んだ理由と、どんな計算をしたかを、しっかり説明する責任を持っているってことだ(イラストは京都大学修士1年の松浦真奈さん)。
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未来を勝手に考えてみる

 未来が無数のパラレルワールドだとしたら、そのうちのひとつを、僕が独断と偏見で考えてみるのもわるくないと思う。今回は、僕が想う日本や世界の未来像について語ってみたい。これは、僕なりに理想と現実のバランスを考えた、あわよくば未来はこうあってほしいという姿だ。

 まず、世界の人口について考えてみたい。これは重要なテーマだ。人間が多すぎることは、多くの環境問題の根源だからである。旧石器時代(いわゆる原始時代)の人口はとても少なかった。たとえば、数万年前の氷河期では、ヨーロッパ全域でも人口はわずか数千人だったらしい。このくらいの人口密度ならば、当時の人類が思う存分活動しても、環境汚染などの問題は生じなかっただろう。

 当然ながらそれは、原始時代の人たちに洞察力があって、「人口が増えすぎたら環境問題が生じるから、子どもを増やさないようにしよう」みたいなことを考えていたからではない。人間も生物である以上、なるべくたくさんの子孫を残そうとする。しかし原始人たちは、彼らなりにどんなにがんばっても、生存と繁殖のために十分な資源を得ることができなかったというだけの話。しかしその後、人類はいくつかの革命を経験した。それは農耕や牧畜のはじまりであり、金属の道具の実用化であり、近代の産業革命である。これらにより、人類は資源のリミットから解放された。その結果が、爆発的な人口増加だ。