第7回 湖底はまるでSFの世界

ライトを当てると湖底がピンク色と紫色であることがはっきりと分かる。まるでサイエンスフィクションの世界だ。(Photograph by Dale T. Andersen, (c)2015 All Rights Reserved)
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小さな発見、大きな発見

 結局、キャンプ地を閉めるまで、私は延べ5回の潜水調査をした。研究室に戻ってから分析・解析しなければ分からないことばかりだが、小さなものから大きなものまで色々な発見があった。

 まず小さな発見は、気温マイナス20℃近くて風が少し強めのコンディションで潜水をすると、潜水後にキャンプ地に到着するころには冷たい風でドライスーツが凍り、上半身がスノーモービルのハンドルを握る形状に固定されてしまうこと。これはまるで魔女に魔法をかけられて“かかし”にされたかのようだった。テント内のヒーターの前で5分~10分間ほど待って、スーツが融解するとともに私も魔法から解ける。

 大きな発見は、湖底の光合成生物群集、つまりあの不可思議なドーム状の構造体は、ほぼシアノバクテリアだけで形作られているということ。実際に潜って試料を採取して調べるまで、私はなんだかんだでもっと藻類が存在しているに違いないと思っていた。ところが、シアノバクテリアと藻類それぞれの光合成活性を測定したところ、藻類のシグナルがまったく検出されなかったのだ。顕微鏡で観察してみると、わずかに珪藻が見つかることもあるがそれもかなり稀で、一般的に淡水環境によく暮らしている緑藻はまったくもって見当たらなかった。つまり、湖底の生態系は、厚さ4mの氷を通して湖底深くに達する光エネルギーで成長するシアノバクテリアによって保たれている、ということなのだ。

 ちなみに、南極は環境の厳しさの違いから、南極半島のような温暖な気候の『海洋性南極』ともっと厳しい気候の『大陸性南極』に分けられる。昭和基地周辺とアンターセー湖があるエリアはどちらも大陸性南極なのだが、昭和基地周辺の湖にはシアノバクテリアと同じくらい緑藻が存在し、さらにコケも共存する。そして湖底には不思議なタケノコ状の群落が形成されている。

昭和基地周辺の湖にはタケノコ状の群落が。 くわしくは田邊優貴子さん連載「南極なう!」をご覧ください。

 糸のような形状をしたシアノバクテリアは太さが約1ミクロン以下だが、糸状の緑藻は10ミクロン近くと、約10倍も太い。さらにコケともなると太さは約1ミリ、つまりシアノバクテリアの1000倍ほども太いのだ。というわけで、太いコケが骨格を作れば、しっかりとしたタケノコ状の構造物もある程度出来やすいはずである。ところがここアンターセー湖のドームは、か細いシアノバクテリアだけで作られている。どうやってシアノバクテリアだけであのドームが出来上がるのか。

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