第7回 湖底はまるでSFの世界

湖底に広がる世界。不可思議なドーム状の生物群集が立ち並んでいる。肉眼では深い紫色に見えるが、カメラで撮影するとほぼ青色になってしまう。白黒の棒はドームのサイズを記録するためのもの。
[画像のクリックで拡大表示]

 宇宙空間のような深い青の中、湖底には紫色をした不可思議なドーム状のものがポコポコと辺り一面に広がっていた。肉眼で見ると濃い紫色、水中ライトを当てると湖底全体がピンク色でドームの頂点付近が濃い赤紫色をしている。なんだろう、この世界は。何にも例えることの出来ない、まるでサイエンスフィクションの世界に連れて来られたようだった。

 興奮状態のまま、水深の浅い湖岸のほうへとゆっくり泳いでいった。どこまで行っても湖底からドームが立ち並んでいる。それは不規則のようでいて、規則的にも見える。時折やたらと巨大なものや小さなものもいるが、ほとんどのドームは高さ20~30cm、直径も20~30cmくらい。そしてあるところでは、ドームとドームの間のフラットな場所にツンツンとした小さい尖塔状のものが突き出ているのがいくつも見つかった。

 その光景に見とれ、もっと見たいもっと見たいという衝動に駆られて撮影しながら泳いでいるうち、知らぬ間に私はもう水深10mよりも浅い場所まで来てしまっていた。だいぶ湖岸に近く、進行方向の先には氷の壁が見えた。ダイブコンピューターを見ると残圧70barの表示。もう地上に戻らなければならなかった。ダイブロープの先にある氷の穴が遠くに見えた。この広大な湖の中、この湖に出口は一つしかない。あの光の差す小さな穴に戻れなければ私はいとも簡単に死んでしまうのだ。

「今から戻る。ロープをゆっくりと引いていって」

ドーム状の構造物だけでなく、小さな尖塔状のものも湖底から無数に突き出ている。
[画像のクリックで拡大表示]

 興奮状態でまったく気づかなかったのだが、私の手はすっかり冷え切って動きが悪く、あまり力が入らなくなっていた。穴を目指しながらダイブコンピューターを確認すると、潜水時間55分と表示されていた。水温0℃の中をウェットグローブで1時間弱潜れば、手が冷たくなって力が入りにくくなるのも当たり前である。

 ダイブホールの氷の下まで戻ってきた私は、5分間の安全停止をしてからゆっくりと穴の中を浮上していった。青の世界から一変、眩しい太陽の光に包まれると、ゆらゆらとした青空と仲間たちの姿が見えてきた。水面まで浮かび上がると、デイルとクレメンスとアリソンの姿とともに妙にくっきりとした地上の景色が広がった。

 ダイブホールからキャンプ地までスノーモービルに乗っている間、なんだか夢見心地の興奮冷めやらぬ状態だった。真っ青な空と切り立った山々と氷河、そこに雄大に広がる平らなアンターセー湖。どれもこれもいつも以上に輝いて見えた。

“約30億年前、原始地球の海にはこんな生態系が広がっていたんだ”

 アンターセー湖での潜水という、地球の生態系のはじまりを追い求める冒険から帰還したばかりの私の頭の中には、その考えがより一層強くなっていた。

次ページ:小さな発見、大きな発見