第81回 不安で眠れない夜に​も意味がある​ 嫌な記憶を弱める不眠

 PTSDでは大震災や水害、交通事故、幼児期の虐待、性的暴力などの過去のトラウマ体験を思い出させるような場面や音声をトリガーにして、強烈な恐怖感が湧き上がる。このフラッシュバックと呼ばれる現象のために行動半径が狭まったり、うつ気分や不安感が長期間にわたって残るなどして生活の質が大きく低下してしまう。

 PTSDを引き起こすようなトラウマ体験の直後には強い不眠が生じることが多い。辛い体験によるごく当たり前のストレス反応だと考えられてきたが、実はこの強い不眠はトラウマ記憶をできるだけ固定しないように一役買っているのではないかと考える研究者がいる。ちょっと唐突に聞こえるかもしれないが、「学習後の睡眠で記憶が向上する」ことを考えるとそれなりに説得力のある仮説である。

「睡眠で記憶が向上する」といってもいわゆる「睡眠学習」ではない。一般的に睡眠学習とは睡眠中に新たな事柄を学習(記憶)することをさし、残念ながら科学的に効果が実証された睡眠学習法は現在まで見つかっていない。それに対して「睡眠で記憶が向上する」とは覚醒中に獲得した記憶を睡眠中にしっかりと固定する現象をさす。

 睡眠と記憶の研究は1990年代後半から活発になり、2000年代に入って多数のユニークな研究が行われた。現在科学的に証明されているのは、同じ学習をして同じ時間経過後にテストをした場合、学習後にいったん睡眠をとった方が起き続けているよりも成績が良いということである。

 例えば、朝に無関係な単語のペアを多数記憶し、8時間後の夕方に片方の単語からペア語を思い出すテストを受けるグループと、夜に記憶してからいったん眠り、8時間後の朝にテストを受けるグループでは、後者の方が成績は良い。

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