第79回 冬季不眠とは何か 体内時計の「南極物語」

 さて、研究チームは越冬隊員の協力を得て1年間にわたり、各季節、計8回、体内時計時刻を知ることのできるホルモンの測定を行った。その結果、隊員の体内時計時刻は夏の白夜期にくらべて極夜期では約4時間(!)遅れていた。これでも予想よりも遅れが小さかったという。厳寒のため、隊員は暗い基地外に出ることなくほとんどの時間を基地内で過ごしたようだが、内部の照明がとても明るく、体内時計の調整効果をある程度発揮したためだと考えられている。

 最も明るい場所では9000ルクス(ルクスは照度の単位)ほどもあり、これは晴天日の窓際ほどの明るさで体内時計を強力に調整することができる。光は午前中に浴びれば体内時計が効率よく早まるので、そのような明るい場所で朝食後を過ごし、逆に体内時計が遅れる夕方以降は暗めの部屋で過ごすなど人工照明を上手く使えば、極夜でも体内時計の遅れを最小限に留めることができるだろう。

 一方、越冬隊員の睡眠パターンはどうであったかというと、夏も冬も同じ勤務スケジュールを保っていたため、就床起床時刻にはほとんど季節間差はなかったという。これは良いことなのか?

 見かけ上は規律正しい生活に見えても、体はシンドイ。なぜなら、体内時計よりも4時間早く就床、起床しなくてはならないからで、これは時刻だけをみれば時差+5時間(実際には-19時間)のハワイ・ホノルルに渡航した当日の時差ぼけ状態を続けているのに近い状態である。このため越冬隊員もやはり寝つきが悪いなど「冬季不眠」と同じ症状がみられた。

 極夜が2カ月間続くノルウェーのトロムソ(北緯69度)の軍事基地の職員を対象にした調査でも、体内時計が遅れるものの睡眠パターンは夏季と変わらない時差ぼけ状態が観察されている。いずこも隊員はつらいよ、といったところである。

 越冬隊員らと異なる睡眠パターンを呈したのは、やはり南極で越冬した環境保護団体グリーンピースのメンバー4名である。彼らは、22歳から31歳の若者で、極夜の間、睡眠時間帯も、さまざまなホルモンリズムもすべて毎日30分〜1時間ほど遅れ続けた。毎日1時間遅れる人は12日で昼夜逆転し、24日で元に戻る計算になる。このような現象はフリーランと呼ばれ、暗い洞窟内で過ごしたり、全盲の人、視神経の働きが弱い生後間もない赤ちゃん(第71回「妊婦の生活リズムが胎児の成長にとって大切な理由」)など、光による体内時計の調整ができない状況で生じる。

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