第70回 香りは睡眠調節の名脇役?

 さまざまな芳香が自律神経やホルモン分泌にどのような影響を与えるか調べた研究はそれなりに行われていて、例えば、オレンジ精油やラベンダーは交感神経を静め、逆にジャスミンは高めるなどの報告がある。これらの研究は大部分が健康人を対象にしたものだが、そのような研究結果を知らされるとアロマを使うと不眠や体調不良も治るのではないか、元気がでるのではないか、と期待する人がいても不思議ではない。

 では、実際にアロマで不眠症が治るのか? たしかに「ラベンダーが不眠症状に効いた」などの研究が少数ながら専門誌に掲載されていたものの、困っている患者さんに「効果があります!」と薦められるほど信頼性のあるデータは見つけることができなかった。これらの研究が信頼性に乏しい最大の難点は、効果を測定しようとしたときに、どのような芳香を使っているか、もしくは使っていないのか、被験者に簡単に分かってしまうことである。

 そのせいで、薬を使っていると考えただけで効果が出る「偽薬効果」と本来の効果が区別できない。第11回「睡眠薬の効果は4階建て ―偽薬、侮り難し―」でも取り上げたプラセボ効果が壁になるわけだ。見た目を区別できなくできる薬剤などと違って、嗅覚の臨床試験はとても難しいのである。

 プラセボ効果を避けるためには、匂いとして感じられない程度の微量に抑えればよいが、それでは効果がはっきりしないことが多いようだ。そのほかにも被験者の人数が少ない、作用が弱い、効果の判定方法が曖昧など改善点も多く、この研究領域がまだまだ発展途上であることがよく分かる。

 それでも嗅覚系に関する興味が尽きないのは、嗅覚の最終地点が眼窩前頭皮質だからである。眼窩前頭皮質は匂いを感知、理解するだけでなく、意思決定、報酬や罰の判断(損得勘定)、食欲、学習、記憶など幅広い脳活動に関わっている。

 実際、眼窩前頭皮質が傷つくと、衝動的な行為、性欲やギャンブル、飲酒などの欲求が抑えきれず、社会的な逸脱行動が増加するなどの感情や行動面での異常が生じるようになる。しかも先にも触れたように、嗅覚は情動調節に関わる扁桃体も経由する。

次ページ:アロマと「記憶」の興味深い関係とは