第70回 香りは睡眠調節の名脇役?

 当たり前だが、嗅覚を刺激するのは匂い(臭い、香り)、英語ではアロマ aromaである。世の中には芳香剤や香り付き柔軟剤など嗅覚を刺激するさまざまなアロマ商品が数多く売られている。消臭剤なども嗅覚を休めるという意味ではやはりアロマ商品の一つと考えてよいだろう。公益社団法人日本アロマ環境協会によれば2015年のアロマ関係の市場規模は3千億円以上にもなるそうだ。

 一部のアロマ商品の説明書には、安眠・不眠、ストレス・イライラ、不安・心配・プレッシャー、集中力、やる気、うつ病、認知症など多種多様な症状が改善するなどと書いてあり、専門家からみたら噴飯物の宣伝文句もあるが、今回はひとまず置いておこう。

 アロマ商品やアロマセラピー(芳香を用いたリラクセーションや治療)に本当にそのような効果があるのかについては肯定派、疑念派ともにいる。ある種の芳香(例えば精油=エッセンシャルオイルなど)に鎮静効果や刺激効果があることを証明したとする研究論文もあるが、方法論的に問題を抱えているものも少なくない。

 一方で、アロマはすでに現代人の生活に深く根付いている。すでに古(いにしえ)から沈香(じんこう)や白檀(びゃくだん)などの香木が珍重され、貴人の趣味だけでなく、宗教的儀式や治療など広く用いられてきた。つまり根拠はともかく「実績」がある。アロマ商品がこれだけ売れているのも、消費者が心地よさを感じているからにほかならない。作用メカニズムには不明な点も多いが、やはり何らかの生体効果を発揮しているのかもしれないな、と疑い深い私でさえ思う。

 冒頭で嗅覚の神経伝達路は他の感覚経路と異なる特徴があると書いた。少し専門的になるがご説明しておく。嗅覚は匂い物質が鼻腔の奥(要するに鼻の奥)にある嗅細胞を刺激することで生じ、嗅細胞からの情報は最終的に鼻の真上にある前頭葉の眼窩(がんか)前頭皮質に送られて「匂い(臭い、香り)」として知覚される。

 嗅覚経路の大きな特徴は、嗅(きゅう)細胞から眼窩前頭皮質に至る途中で情動調節に関わる扁桃体や、自律神経やホルモン調節に関わる視床下部を通過することにある。これらの脳部位は睡眠の調節にも深く関わっている。例えば、睡眠不足や不眠症では扁桃体が過剰に活動して不安感が増したり、交感神経が活発になって心拍や血圧が上がるなどの心身のアンバランスが起こる。

次ページ:では、実際にアロマで不眠症が治るのか?