第86回 寝てる間に殺人犯になってしまった! そのワケとは

 健康な人の場合、レム睡眠の時には骨格筋(自分の意志で動かせる筋肉)が弛緩するため、いくら怖い夢を見ても身じろぎもできない。ところが、この骨格筋の弛緩スイッチが故障してしまうレム睡眠行動障害という病気がある(参照:第74回「その寝ぼけ行動、認知症の始まりかも……」)。人や猛犬に襲われる、誰かと喧嘩をする、などレム睡眠中に見た鮮明な悪夢の内容そのままに叫んだり、手足を振り回す、時には立ち上がって走り出すこともある。

 そのため、レム睡眠行動障害でも横に寝ている奥さんを強く殴るなど暴力行為に至ることがある。ただ、レム睡眠行動障害の場合は目覚めには問題がないため、殴った手の痛みで目が覚めてしまう。そのためよほど当たり所が悪くなければ殺人などの大事になることはない。

 今回ご紹介したような睡眠障害による殺人事件がどのくらい起こっているのか正確なデータはない。ある調査論文によれば、欧米の先進国において利用可能な裁判記録から分かるだけでも数十件あるという。膨大な殺人事件全体に占める割合はごく小さいが、本人も周囲も予期しない殺人であるゆえに陳腐なミステリーよりよっぽどミステリアスである。殺人まで至らなくても、より軽微な傷害事件のケースは数多く存在するだろうし、睡眠障害が関わっていると気づかれない例も少なくないと考えられている。残念ながら日本国内のデータはないが、睡眠障害が疑われた幾つかの事例を個人的には知っている。

 米国の男性約2000人、女性約3000人を対象に行われた調査では、睡眠中に殴る、蹴るなどの暴力的な行動がみられた人が約2%おり、特に若い男性で多いことが分かっている。安心、安全であるべき寝室だが、皆さんが想像している以上に怖い思いをしている人がいるのである。ベッドパートナーの睡眠中の行動に思い当たる節があれば睡眠障害の専門医にご相談を。

つづく

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三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。