第41回 寒がりの道産子

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 私はどちらかというと寒がりだ。旅行で好んで訪れるのはもっぱら暖かいところばかり。北海道に2年間住んでいたが寒さに慣れることはなかった。カリフォルニアに住んでいた頃、夏になると職場のエアコンの設定温度が20ºC以下だったので、体が冷えて仕方がなかった。アメリカ人の体感温度は私のそれと大きく違うようだ。 

 ヨコヅナクマムシは札幌市で発見した。つまり、道産子である。暑いのは苦手であろうことが予測される。ヨコヅナクマムシの飼育を始めた当初、恒温槽の温度を25℃に設定していた。この温度設定で飼育をしてもクマムシが増えることは増えるが、早死にする個体もちらほらいた。そこで少し温度を下げて22℃で飼育をすると、早死にする個体もほとんど無く、寿命も平均で10日以上延びた。それ以降、ずっと22℃でヨコヅナクマムシの飼育を行なってきた。

 私が博士号を取得したばかりのころ、東京大学で國枝武和助教とヨコヅナクマムシを飼育していた。恒温槽のスペースが不足していたこともあり、ヨコヅナクマムシの飼育培地を恒温槽に入れることなく、エアコンを22℃に設定した部屋に設置することにした。しばらくは調子よく増殖していたヨコヅナクマムシだが、徐々に増殖率が落ちていった。部屋の中に設置してから数カ月後にはクマムシの数が減り始めてきた。観察をしたところ、卵から子どもが孵らなくなってしまったために、個体の数が減少していることが判明。卵はしばらくの期間が経過すると腐ってくるように見えた。いったいなぜ孵化しないのか? 何らかの病原菌に感染してしまったのだろうか??

 國枝さんと話していて気付いたこと。それは、部屋の温度がエアコンで設定した22℃より3℃低い19℃になっていたことだった。夏場は部屋の温度がエアコンの設定温度に近くなるが、冬場はエアコンの設定温度よりも低くなっていたのだ。そこで、きちんと温度をコントロールできる恒温槽にヨコヅナクマムシの飼育培地を移した。しばらくすると、新しく産み落とされた卵も孵化するようになり、徐々にヨコヅナクマムシの数が回復してきた。どうやら、ヨコヅナクマムシは20℃を下回る温度で飼育をすると、卵がふ化しなくなるらしい。少しの温度のちがいが、この道産子に大きな影響をもたらすのである。道産子なのに、寒がりな彼女たち。

 それにしても、これはとても不思議なことである。ヨコヅナクマムシが住む札幌では、6月から9月にかけてのみ、平均最高気温が20℃を上回る。それ以外の時期は、たいてい気温が20℃を下回っているのである。ヨコヅナクマムシは、6月から9月にかけてのみ、増殖するのだろうか。だが、それ以外の春や秋に採集調査をしても、子どものヨコヅナクマムシがたくさん見つかる。つまり、最高気温が20℃に満たないような時期でも、野外では卵がきちんと孵化し、ヨコヅナクマムシは増殖しているようなのだ。言うまでもなく、札幌は長い冬があるが、この厳しい時期もきちんと乗り越える。

 いったい、飼育環境と野外環境の何が違うのだろうか。ひとつ言えるとすれば、それは温度変化だ。飼育環境では、基本的に、温度は一定である。一方で、野外では、一日の間でも大きな温度変化がある。野外で起きるような温度変化を経験すれば、20℃に満たないような条件でも、卵が孵化するのかもしれない。時間ができたら、これを確かめるための飼育実験もしてみたい。

 クマムシは本当にわからないことだらけなのである。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad