第40回 透明ドレスのひみつ

[画像のクリックで拡大表示]

 クマムシは脱皮動物である。脱皮と産卵が同調しておこるクマムシの種類もよく見られる。オニクマムシでは、生まれて3回目の脱皮から卵形成が同時に起こり、卵を脱皮殻の中に産み落とす。 

 では、ヨコヅナクマムシではどうなのだろうか? 私は飼育観察をしながら、脱皮が起こるタイミングや生涯における脱皮回数を記録しようとした。だが、これは無理だった。というのも、ヨコヅナクマムシの脱皮の殻は透明度が高く、飼育培地の上でクロレラの深い緑の中に紛れると、見つけるのがひじょうに難しくなるからだ。

 このような理由で、ヨコヅナクマムシでは脱皮に関するきちんとしたデータはまだとれていない。ただ、脱皮をしていること自体は間違いなく、たまに脱ぎ捨てられた透明のドレスが培地の上で見つかることがある。さらに、興味深いのは、ちょっとした環境の変化でいきなり脱皮をすることだ。ヨコヅナクマムシを飼育培地から純水を張ったシャーレに入れると、そこから数分以内で脱皮をする場合がある。通常、脱皮は成長の過程で起こるものと考えられているので、短時間で起きるこの脱皮は興味深い。だが、なぜ環境変化で脱皮が促されるのかも、この脱皮の意義についても、よくわかっていない。

 オニクマムシなどとは異なり、ヨコヅナクマムシでは産卵と脱皮が同調しない。よって、卵を脱皮殻の中に産まずに、外に放出する。だが、長年にわたってヨコヅナクマムシを観察していると、ひじょうに稀ではあるが、脱皮殻の中に卵が産みつけられていることがある。たまたま脱皮と産卵のタイミングが同調したのだろうか。それとも、この母親は脱皮と産卵が同調しやすい変異体なのだろうか。この個体に由来する卵を隔離して育て、どの程度の頻度で脱皮と産卵が同調するかを調べれば、この現象が遺伝的な変異によるものかどうかが分かるだろう。残念ながら、まだこの実験は行ったことがないが、次にこのような脱皮殻に入った卵を見つけたときには、ぜひとも調べてみたい。

 クマムシでは脱皮殻の中に卵を産む種とそうでない種が明確に分かれている。ヨコヅナクマムシで見られるこのような例外的現象を追うことで、クマムシにおける産卵形式の進化の謎に迫れるかもしれない。卵が脱皮殻の中にあったほうが、そうでない場合よりも、肉食性のセンチュウやクマムシなどの捕食者から攻撃を受けにくいことは容易に想像がつく。ヨコヅナクマムシを観察することで、この透明ドレスのひみつが解き明かされる日が来るかもしれない。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad